はちこと 0331

余り思い出したくないものであった。鼓動だけがばくばくと鳴り響く、夢だと頭ではわかっているが身体は過剰反応を示す、放り出され横たわる肢体に口元を押さえる。違う、あれは有秋先輩ではない、あるはずがない。…琴に会いに行こう、ふらつく足取りで部屋を後にした。
まだ薄暗く日も登りきっていない、琴も寝ているであろう。起こすことになる、起きてくれなくてもいい。今は只琴の姿がみたい、声を聞きたい。未だに落ち着かない鼓動を収める為に私にはそれしか手段がない。扉を小さく叩く、暫く待つが返事はない。…寝ているか。仕方がない、このまま夜風でも浴びにいこう。踵を返すと同時に扉が開く音に振り返ると目を擦る琴の姿。

「三郎…くん?」
「こ、と」

察しのいい琴はいつもと違う空気を感じとったのか私の袖を引き部屋に招き入れた。色々な感情が混ざりあって言葉にならなくて、床に腰を下ろした琴を抱き締める。暖かい、抱き締めているのは私なのに琴の体温に包まれているような、そんな気さえする。ゆっくりと息を吐くと鼓動が落ち着くのがわかる。琴は何も言わず私の頭を優しい手つきで撫でる。

「…大丈夫だよ、三郎くん」
「…っ、悪い、琴」

謝りたい事はたくさんあった、何も言葉として出てこない。もう少しは、この温もりに甘えたい。



category:落乱
タグ: はちこと


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