歪みに祈りて



用はないというのにあれ程までの頻度で本丸に訪れては我が物顔で滞在していた茜の姿が見られなくなって丸五日が過ぎた。頻度的に今までおかしかっただけなんだろうけど当の主が気にも留めなかったのが原因の一つ。いない事で僕の安泰が約束されるのは確かだ。主はいい、彼女は賑やかだからこそ僕達がいつも通りの日々を過ごせているから。茜は別だ、彼女は読めない。直接的ではないが主の上司ではあるが敵ではないとは断定出来ない。幾ら好意と思われる行動を向けられようが心の何処かでまだ信用しきる事が出来ていない。用心深い方がいい。頭ではそう冷静に考えておこうと思ってはいるものの気に掛けてしまう辺りに自分に溜息だ。気分を変えよう、昼食の食材を取りに行こうと思い腰を上げた数分後の出来事だ。
「燭台切!」
聞き覚えのあってはいけない声が後ろから聞こえた。五日ぶりに聞く声だけど予想はつく、噂をすればなんとやらとはまさにこの事かも知れない。
「今日は一体何のよ」
溜息混じりにいつもの挨拶をしてやろう、と思った筈が言葉はそこで止まってしまった。僕の方に駆け寄ってくる度に揺れる長く揃えられた髪がバッサリとなくなっていた。
「どうじゃ燭台切、いめちぇんじゃ!」
腰に手を当て誇らしげな顔で言い張るその姿が主と被るがそれどころではない。否、綺麗とも言えた髪が揃えられもせず乱雑に切られていた。

ハラリと役目を終えた髪が床に散る。珍しく静かな昼下がりの本丸に髪を梳く音だけが響く。刀である僕が人…、と思われる存在の髪を切るなんて流石に想像も出来なかった。さっぱりとしてしまった後ろ姿、髪が長いのが好きという訳ではない、けど正直、勿体無いと思ってしまう。完璧にとはいかないがある程度は形に整えられた筈、手に持っていた鋏を置くと切り揃えられた襟足を軽く叩いた。
「出来たよ」
「おぉ、なんじゃかすっきりじゃのう!」
「自分で切ったの?」
「そうじゃ!まさかお主に整えて貰えるとは思ってもなかったからのう!ウチは嬉しいんじゃ!」
くるりと振り返り見せる笑顔は髪型の違いのせいかまた違って見える、悪い意味でも良い意味でもないと言い聞かせる。
「のぅ、燭台切。ウチに対するいめーじは変わったかのう?」
「んー、そうだね。あんまり大差はないかなぁ」
「なんじゃとぉ!?髪型を変えても駄目じゃと…、やはり第一印象がいけなかったかの!?」
「それもあるんじゃないかな」
「ぐぅ…、だがウチは諦めん!お主に振り向いて貰うまでは諦めんのじゃ!」
この言い分からして髪を切ったのも僕に見て欲しいから、ただそれだけの理由だなんてね、何となく想像はついたけど。 そんな事しなくても君の事、そこそこ気に掛けてるよ。そう本音が溢れそうになったけど今はまだ言わない。僕自身に向けられてる好意を実感できる今が、少し楽しいから。
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