金魚の白昼夢


何処と無く、郁弥の様子が変だという事には気付いていた。大会を見に行った日の帰り道、やけに日和に帰宅を急かされたという思いはあったが、あの時帰り道に出会った人には、確かに見覚えがあった。七瀬遙、直接関わった事は殆どなかったけど、彼が郁弥の泳ぎに何らかの影響を与えた人だとは知っていた。あの日以来だと思う。何処か上の空というか、考え込んでいるというか、中学の時を思い出すような郁弥の姿。思い詰めたりしてなければいいのだけど、そう思いながら伸ばした手は、少し足早になっている郁弥の手を掴んだ。
「郁弥、待って」
距離が開く前に捉えた手により、郁弥は立ち止まる。こちらを見る表情は、ハッとしたような驚きと困惑が見え隠れしている。
「ごめん、りく」
置いていく気は無かったんだろう。こちらに気を向けられない程気になることがあるのかと思うと、少し寂しくもなる。郁弥のその様な顔を見たいわけではないのに。
「ううん、歩くの遅くてごめんね」
手を握ったまま、郁弥の隣に並ぶ。そのまま足を進めると、今度は同じ歩幅で合わせてくれる郁弥がいた。手を繋いだまま歩くなんて、普段の郁弥なら多分しないであろう事なのに。じんわりと右手から伝わる熱を感じとる、彼が抱えている悩みも全てこの手から奪う事が出来てしまえばいいのに。
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