良心的テンプレーション


歳の差がある以上、卒業という大きな壁があるのは理解していた。まるで少女漫画のように一目惚れをした一つ上の先輩、ハル先輩。彼の進路が東京に決まり、離れ離れになってしまう事は避けられ用のない現実。だってハル先輩は、未来に向かって歩いているから。一人の人間として応援したい、その気持ちは嘘ではない。でも、これから会えなくなってしまう事が寂しい、惚れた弱みなのかもしれない。

日に日に近付く卒業式。少しでも意識を逸らすためにスケッチブックを抱え、屋上でぼんやりと筆を走らせていたところ。扉が開く音に視線を向けると、りくに気付く遙の姿に、持っていた鉛筆が手から転がり落ちる。
「此処だったのか」
「はっ、ハル先輩!?」
転がる鉛筆に手を伸ばし筆箱に叩き込む、それはもう慌ただしくスケッチブックを閉じると、歩み寄って来た遙が隣に座る。突然の出来事にまだ頭がついていかないりくは混乱したまま、遙の顔を見る事すら出来ず、思わず視線は空を泳ぐ。それに勘付いたのか、下から覗き込むようにりくの表情を伺おうとする遙の仕草に、乙女心が高鳴る。まるで透き通る水の様な青い瞳に魅入られる、全てを見透かされている気さえした。
「な、何か用事…ですか?」
「少し話したかった」
一度目を瞑り顔を上げ、空を眺める遙の流れる動作に視線を向ける。もう一度、此方に向けられた視線は柔らかく口元には僅かながら笑みが浮かべられていた。
「待ってるから」
そう告げた遙から伸びて来た大きな手がぽんぽんと優しくりくの頭を撫でる。これは、きっと見透かされたんだろう。もう少し先に訪れる未来への不安を、こうやって会えなくなる寂しさを。向けられた言葉とやわやわと撫でられる頭にフリーズする思考を必死で働かせる。その優しさに思わず涙が込み上げるのを抑えて、何度も何度も、頷いて返すしか出来なかった。
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