桜、咲く頃に
春らしくなってきたわぁ。窓枠から外を眺める作之助の隣から見る景色は少し前に比べて、暖かくなったように感じる。視線の先では、中庭に立ち並ぶ大きな木々の赤く染まった蕾が、あちらこちらで薄紅の花弁を宿していた。これが春、とりくは自分に言い聞かせるように呟く。この場所には四季があることも、今の季節が春だということも、作之助から教えて貰った知識の一つだった。「あの木に咲いてるのは何ていうお花?」
「ん?あれは桜って言うんやで。もう少ししたらこの庭いっぱい咲くんとちゃうかな」
「いっぱい…咲く…?」
「満開の桜はなかなか見応えあるで」
桜、さくら。その言葉にどこか聞き覚えがあったのは、治の好物や、安吾の本で見たからだろうか。あの蕾が全て開けば、きっと見たことのない初めての景色が一面に広がることはりくにも想像が出来る、きっと綺麗なんだろう。
「まぁ、ワシは花より団子の精神やけど?桜咲いたらお司書はんも花見しよか。シュークリーム山盛り用意してな!」
「桜の下でシュークリーム…!してみたい。作之助、約束」
「約束な」
差し出された大きくて細長い小指に小指を重ねる。新しく増えた約束事に、早く桜が咲かないものかと、少し高鳴る胸を押さえながら、期待の眼差しを薄紅の花弁に向けた。