桜、満開春日和
窓際にひっそりと吊るされた若干歪な形をしたおまじないの効果もあったのか、しとしとと降り続いていた雨は上がり、空を覆っていた分厚い雲はすっかり姿を消していた。輝く日に照らされた中庭は、昨晩この場所で彼等と見た景色とは随分違う印象を受けた。たっだいまー!と、馴染みのある声が司書室まで届く。出迎えに上がると傷一つない姿で帰ってきた様子に安堵する間も無く、やたら上機嫌な治にぐいぐいと手を引かれ、作之助に後ろから肩を押される。潜書疲れもあるだろうしお腹もすいている筈なのに、このまま何処に連れていかれるのやら。二人にされるがままでいると、気が付けば何やら大きな袋を抱えた安吾が玄関先に待ち構えていた。
「花見だ!」
安吾の一声に治と作之助も意気揚々と繰り返す。その一言を聞くのが、随分と待ち遠しかったような。それほどにまでお花見という文化に興味を抱いていたのか、それとも彼等の話を聞いたからだろうか。きっと後者であろう、この気持ちは彼等じゃないと知り得ないものだろうから。
大きな袋の中は選りすぐったお花見セットのようで、咲き誇る桜の下に用意された敷物の上に腰を下ろし、頭の上高くを見つめる。薄紅の花弁が水を弾いて、まるで宝石の様にキラキラと光る。ただ眺めているだけというのに不思議と心が踊る。綺麗、と率直な感想が無意識に零れ落ちる。こんな時、文豪ならもっと上手な言葉で表現できるのであろうが、りくにはそれで十分だった。
「綺麗やな、お司書はん」
「うん、綺麗…」
「やっぱり桜はいいよな」
「花見こそ春の醍醐味だな」
風に吹かれ、ゆらゆら揺れる花弁が空からいくつも舞い踊る。避けることもせず、そのまま見つめていると大きな手が頬についた花弁を連れて行く。
「見惚れとると花弁まみれになるでー?」
「まぁ、気持ちはわかるけどな」
「せやなぁ。お司書はんがここまで夢中になるのもシュークリーム以外初めてとちゃう?」
「りくにとってそれだけ印象的だってことでしょ」
「それじゃあ桜に対抗出来るシュークリームを用意しねぇと、このまま花弁に埋もれられても困るしな」
「シュークリーム…!」
「約束言うてたからな、山盛り用意しといたで!」
「この日の為に購買のシュークリームをオダサクと買い占めておいたのさ!」
「数日分はあるな、これ…」
まるで手品の如く、安吾によって用意されたシュークリームに早速手を伸ばす。そのままがぶり、一口かぶりつくと甘くてとろけそうな味が口の中いっぱいに広がる。よっぽど頬が緩んでいたのだろうか、その様子をじいっと覗き込んでいた彼等は顔を見合わせて笑い合う。
お花見と、桜と、作之助と治と安吾、それにシュークリーム。だいすきなものと過ごす時間はなんて幸せなんだろう。