半世紀まえのあなたへ告ぐ
別に、特別な理由があるわけでもない。普段と変わらない筈なのに、何処か心が浮つく。胸元に手を当て、ぎゅっと服を握る。肌の下、無機質な体内がキシキシと音を立てるような、痛む部分なんて無いはずなのに、落ち着かない。治に会わないと、直感で感じ取った頭は太宰の自室へと足を向かわせた。小走りで廊下を駆けると、視界の先、探し求めていた背中が映り込む。
「治!」
振り返る赤髪からの返答を待たずして、伸ばした腕は小走りの勢い余って太宰の腰元へと回される。
「え、え?ちょっ…、りく?」
突然の展開に目をパチクリ見開き、短く声をあげながら動揺を隠せない太宰をよそに、回した腕に力を込め、ぎゅうぎゅうと頬を背中に押し付けた。服越しとはいえ、触れ合っているところから伝わる熱は暖かい。冷たくなど無い。
何も告げない事に困ったのか、太宰も口を閉じ、りくの行為を受け止める。廊下のど真ん中で何て迷惑な引き止め方を、と。そう思いながらも一度腰に回した腕はなかなか離せそうにない。出会う前に感じていた不安。どうしてか離してはいけないような、そんな気がした。彼は今、どんな顔をしているんだろうか。