甘い嘘を手渡して
廊下を曲がった先、潜書帰りの疲れなのか、外傷は見られないもののいつもより若干おぼつかない足取りで食堂へ向かう大きな背中が視界に入る。危ない、声を掛けるより先に駆け出した身体は彼の軌道を正すよう密着し、ぎゅっと腰元へ腕を回す。「…お司書はん?」
突然背後から抱き締められた事で困惑したのか作之助の足は止まる。転ばなくてよかった、安堵の溜息を一つ零すと同時に回した腕からわかる彼の腰の細さ。引き締まっているのかも知れないけど、背も高いのにこの細さは少し心配になる。心配してもどうしようもない事ではあるけど。
「大丈夫?」
「どないしたん、ワシは大丈夫やでー」
「嘘、ふらふらしてた」
「お腹すいとったからかもなぁ、お司書はんも一緒に食堂行かへん?」
何事もなかったかの様に逸らされてしまった話題、流石に勘付く。誤魔化しているのか、触れられたくないのか。隠されたくないと思ってしまうのは我儘かもしれないけど、そう簡単に放っておける程、作之助の事を知らないわけではない。一番長い付き合いだ、本を読んでそれなりに勉強はした。回している腕に静かに力を込める、背中に擦りよせた額があつい。作之助は何も言わないまま、静かな時間が過ぎる。カチカチと、体内で響く針の音。
「…ちょっと疲れたわぁ」
「補修室、行く?」
「お司書はんも行ってくれるなら行こかな」
「うん、行く」
顔を上げると少し困った様に微笑む作之助、少し強引だったかもしれないけど、結果粘り勝ち。こうでもしないと作之助はゆっくり休んでくれないから。腰に回していた腕をほどき、大きな手を握る。お司書はんには敵わへんな、と小さく呟かれた言葉はどこか嬉しそうにも感じられた。