ふらり盲点

例えば、もし日々の私生活を面倒だと思うことなく、当たり前のようにこなしていたら。世話焼きの彼女はもう此処に来ることは無いのだろうかと、そんな事を考えるなど、くだらない。頭では理解しておきながらも、ソファーに掛けたままの服に徐に手を伸ばし、実行に移す自分自身の弱さを嘲笑う。丁寧に片された部屋を後にして、扉を閉めた。

部屋の主が帰宅前と言うことは了承済みでも扉を叩く事は忘れない。帰ってこない返事を確認し、ゆっくりと扉を開けると、いつもと違う室内の様子が目に入る。散らかっていないのだ。いや、それが当たり前なのかも知れないけど。出勤前に片付けたのだろうか、至にしては珍しい。我ながら失礼な事と思いつつ、ソファーに腰を下ろす。自分の部屋じゃないのに、いつのまにか座り慣れたソファーの感触を体で確かめながら視線をぐるりと巡らす。妙に落ち着かないのは、何もすることがないからだろうか。いつもなら脱ぎ散らかされた服や夜食の片付けにせっせと取り組むというのに、まるで手持ち無沙汰。片手間にスマホの画面に指を滑らすが、それも何だか違うような。何だろう、この感情。上半身を預けるように横たえた体は、ふわりとソファーに沈む。至がいないだけで、この部屋はこんなにも静かだ。コチコチ、時計の針が進む音が響く。そのままうつらうつら、意識が落ちる。

ドアノブを握ったまま数分が過ぎた。何を躊躇しているのか、この先に待ち受けるのは自分の城だ。開ければ済むと言うのに。もし、部屋の中に彼女が、鈴音がいなかったのならば、その時はどうなるのだろう。意を決して扉を開ける、電気の消えた部屋の中、スリープ状態になったパソコンだけがぼんやりとした光を放っていた。鈴音の姿は見えない、いない。やっぱりか、一体何を期待してしまったんだ。心の奥底で気持ちが渦巻く。きっと、これは寂しさだ。試したのは自分自身だというのに、その行動の結果に哀れみの笑みすら浮かぶ。乱雑に脱いだジャケットをソファーに投げようとした、その時。
「はは…、いたし」
握りしめていたジャケットは床に落ち、伸ばした手は吸い寄せられるように、探し求めていた元へ。膝をつき、その小さな頭をやわやわと撫でる。すやすやと眠る無防備で心地良さそうな寝顔に、何故か分からないが、涙が滲んだ。
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