二人きりの楽園へようこそ

「必要な物あったら持ってきていいから」
そう言われたのは至の部屋に殆ど居座るようになってから一週間が経った日のこと。言われた時は特に深読みもせずそのまま頷いたが、よくよく思い返せばそんな同居してる関係性みたいな!と脳内でセルフツッコミ。しかし、事実上居座ってるんだから一応同居みたいなものじゃ…?と、あちらこちらへ二、三転する思考が頭を巡る。
果たして、必要な物とは。ぐるり視界を見渡して私物を目に留めていく。正直、スマホとゲーム機さえ持参すれば至の部屋で事足りてしまうし、コントローラー等は至に借りている。そうなると、特に浮かばない辺り至に引けを取らないゲーム脳な自分にお手上げである。
ゲームを除き大切な物…、と考えていると視界の隅、ベッドの上に寝転がるチェリーピンクの色をした大きなうさぎの抱き枕。ソファーや空いているロフトを寝床にさせて貰ってるとこには変わりないけど、これを持ち込んでいいものか。確かに、鈴音にとっては実家から寮に持ち込んできている大切な抱き枕。でも、抱き枕なんて部屋に持って行くと、もしかしたら…、「抱き枕とか、マジ…?」なんて、完全に泊まり込むスタイルで至の部屋に乗り込んで来ていると思われて引かれてしまったら、と不安しかない。どうしよう、どうしよう!ゲームを除いて、これ以外必要な物が浮かばないのだ。こうなったら一か八か、向かい合うように抱きかかえた抱き枕をぎゅっと抱き締め、自室の扉を閉めた。

ノックをしてから至、と名前を呼ぶと室内から響く足音と同時に扉が開き、至が顔を覗かせる。
「おかえり。ん、それって」
間違いなく、うさぎの抱き枕の事であろう。引かれる前に、こちらから話題を吹っかけて押し通してしてしまえばと此処に来るまで考えていたネタは、情けがない事に至の顔を見た瞬間に吹き飛んでしまった。
「え、あの、これ」
「それが鈴音の必要な物?もしかして、うさぎ好き?」
返って来た反応は想定外のもので、思わずぱちくりと瞬きを繰り返す。
「う、ん。好き…だと思う」
「なる。色も確かに鈴音らしい、うん」
一体何を納得されたのか、一人で話を解決していく至についていけないまま立ち尽くしていると、抱きかかえていたままだったうさぎの抱き枕がひょいと、宙に浮く。
「じゃあこれは特等席で」
うさぎの横から顔を見せた至の笑顔は優しかった。

「ただいま」
家主より先に帰った103号室の城。スカジャンやらコントローラーやらが乱雑に散らかった室内の中、ソファーの上に佇むように座り込んでいる、大きなうさぎの抱き枕。まるで、鈴音の居場所が此処にある事を示しているような、そんな気がして。不思議と笑みが浮かんでしまうのでありました。
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