震える微熱

あれ、と背後からこちらに向かって投げ掛けられる声に心臓が跳ね上がる。名指しされた挙句、聞き覚えのある声を無視する訳にもいかず、恐る恐る視界をそちらに向けると同じ制服を身に纏う同級生の女子数名。いつもならそのまま挨拶だけして立ち去ればいいものの、今はそれが出来ない。隣にはスーツ姿の至がいるのだ。学校では表の顔を作り、普通の一般人を装っている立場として、一番見られたくない現状を見られてしまった。相手から飛び交う質疑に曖昧な答えを返しながら、震える手を固く握り締める。
「ねぇ、その人は?」
飛んできた疑問に返す言葉が何一つ、喉から出てこない。恋人です、なんて答えは言えるわけもなく。自分のことはいい、ただ至が悪く思われるのが嫌なのだ。自分自身の個人的な事情に彼を巻き込みたくない。
「鈴音の兄です」
ぽん、と優しく頭に乗せられた手に視界が落ちる。そのまま顔を上げることは出来ず、頭上で交わされる会話を遠い事のように聞き流す。そう、表向きは寮でも至とは擬似兄妹の様な関係性に思われているのだ。それならばそういえば良かったものの、その一言すら出てこない程まで心に余裕が無くなっていた。

次に顔を上げた時は至に名前を呼ばれた時で、気が付けばそこに同級生の姿も無く。あれだけ巻き込みたくないと思っていながらも、結局は自分で何も出来ず、全ての対処を至に任せてしまった、罪悪感にずきりと胸が痛む。
「鈴音、帰ろうか」
それなのに、何も聞かないで向けられた笑顔と、繋がれたら手の優しさに、込み上げそうになる涙をぐっと堪え、大きく頷く。本当、どうしても敵わない程に至が大人だと実感する。今だけはその優しさに甘えてもいいのだろうか。繋がれた手の先、情けない顔を見られない様に、寄り添う様に至の腕に頬を近付けた。
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