三つどころか百の顔でも演じ分けて見せる、とは言えそれが体力に直結するとは言っていない。3徹からの迎えた日曜日、ようやっと回ってきたポアロのバイト。鍵を開け、エプロンを身に付ける。水出しコーヒーを準備し、椅子に腰を下ろす。深く大きく息を吐く、疲れていないとは言っては嘘になるが、それでも一息つける日常はまた別格だ。カランカラン、とベルの音が響くと共に、数日振りに見る亜樹が玄関から姿を見せた。
「あ、安室さん!おはよう、早いんやね」
「おはよう。亜樹ちゃんこそ、早いね」
「今日は部活休みやから朝から出勤!」
徹夜明けの疲れすら吹き飛ぶような明るさに心底救われる。言葉が、笑顔が、じんわりと身に染みるような感覚。サイズ違いのエプロンを身に付け、準備を終えた亜樹の頭に思わず手が伸びる。
「…安室さん?どないしたん?」
ぽんぽん、と軽く撫でた頭。その下で首を傾げる亜樹の表情を見て、ハッと我に返る。徹夜の影響が完全に無意識な行動に出てしまっていた。
「いや!つい……」
つい、で済めば警察は要らない。と、言える立場ではないのだが。手を離すのが妙に名残惜しく、そのまま動けずにいると、亜樹はにこりと笑みを浮かべる。
「おつかれなんやねー。食器洗いは任せて!安室さんと梓さんの分まで働きます!」
そう返されるとは、思っていなかった。
軽くガッツポーズを作った亜樹からは否定の言葉もなく、頭に置いたままになっている手を払い除ける事もなかった。この言葉に甘えてもう少し撫でてもいいだろうか、やんわりと手を動かすと、亜樹の黒髪が揺れた。