猫と君と赤。

寮の近くで猫を見かけた。黒い毛並みの小さな猫、親はいないのだろうか。視界に入ったその猫は俺の足元に擦り寄る、懐かれると面倒くさい事になるかもしれないと薄々は頭で思っていたがその小さな頭に手が伸びた。撫でるとくすぐったいのだろうか目を細める姿がどこか澪と重なった、それが駄目だったんだ。

晩飯から食べれそうなもの、主に鯖を避け旧校舎にいる黒猫に持って行く日が始まった。名前はない、つけると愛着が湧いてしまいそうだから。多分、誰にも知られてはいないだろうとは思う、こんな姿を似鳥にでも見られてみろ、何を言い出すかわかんねぇ。
「お前見てると澪を思い出すんだ」
食事を中断して俺に視線を向ける、首を傾げるように見えた仕草に少し頬が緩んだ。
「言ってもお前にはわかんねぇよな。自由気ままに俺を振り回す幼馴染がいるんだ、お前みたいに放っておけなくて」
ぽつりぽつり、言葉が出てくる。最近は向こうにも帰れてねぇし澪も忙しいのか全く連絡を寄越さない、なんとなく会いたいと思ったタイミングにいつも澪はやってきたりするもんだから今更こっちから連絡をするのが恥ずかしくなってしまった気がする、内容が内容だから余計に。会いたいなんて俺から言えたものか。
「ほう、確かに可愛い猫だな!」
「可愛さはあいつとは大違いだけどな」
…ん?
相槌を打ってから止まる思考、今俺は誰と話した?聞き覚えのありすぎる幼馴染の声が聞こえたが遂に猫から幻聴を聞いてしまう程にまで陥ってしまったとなんて事は流石にないはずだ、流石に!だがしかし振り返るとそこに佇む幼馴染。
「ばっ、澪!?」
「凛が飼っているのか?お前が猫を飼うなんて珍しいな」
変わりない日常のような風景に見えるがこれはどう考えてもおかしい、ここは鮫柄の旧校舎だし澪がいる事はあり得ないのに普通に馴染むんじゃねぇ!と突っ込みたいが一人言が張本人に聞かれてたかもしれないと思うとそれどころじゃなくなっていた。挙げ句の果てに猫の頭を撫でる澪を見てやっぱり似てる、と冷静に思ってしまったがそれどころではない。何なんだこの状況。
「…澪」
「何だ、こいつに名前はないのか?」
「ない。それより聞きたいことが山程ある」
「私がここにいる事だろう?よし、話してやろう。学校帰りに鮫柄までひとっ飛びしてきて入る許可を貰おうと思ったら愛に出会って凛はここと教えてもらった、これでいいだろう?」
「似鳥ぃ…、あいつの仕業か…!」
頭を抱えたくなる、此処に隠れて猫を飼ってることすらバレていたとは…、部屋に帰ってから合わせる顔がねぇ。
「全く、せっかく会いに来てやったというのにつまらんな」
「俺なりのプライドがあんだよ…」
「凛は変なところでプライド高いものな!豆腐メンタルだというのに」
「豆腐言うんじゃねぇ!んなわけねぇだろ!」
「ならそういうことにしておこう」
食事を終えた猫が差し出した澪の手に擦り寄る、やっと俺の頭の中でこいつが本物の幼馴染であることを実感した、会いたい時に会えるとはいっても今回みたいにタイミングが良過ぎるのは困り者だ。
「最近は少し忙しくてな、なかなか連絡が出来なかったんだ」
「試験期間だろ」
「な、何故バレた!凛に勉強を教えてとは言ってないはずだぞ!?」
「俺も先週が試験期間だったからな」
「うっ…、変なところでお見通しというわけか」
スカートを叩いて澪が立ち上がる。
「まぁ、目的は果たせたから良しとしよう」
「目的?何かあったのかよ」
「凛に会いたくなっただけだが?」
平然とした顔で、俺が一番言いたくても言えない言葉をすんなりと言いやがる。もう、本当勘弁してくれ。澪といると男としてのプライドが諸々削り取られている気がしてならないがそれに甘えきってる俺も俺だ。
「それに定期的に会わないとまた音信不通になられても困るしな!…冗談だぞ?」
「馬鹿、わかってる。暗くなる前に帰れよ、送って行く」
「本当か!ならお言葉に甘えようとしようか」
猫の頭を一撫でしてから隣に立つ。もっと言いたいことはあっただろうに、こうやって本人を前にすると格好なんでつけられないのが現実だ。まぁ、話したいことは帰り道にでも澪から聞けたらいいか。

猫の視界に並ぶ赤、二人。

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