少しだけの距離間



死ぬかと思った、船から降りた私の口からの第一声。いや、これは本心からの一声だ。おかしいな、小さい頃に父さんの漁船に乗せて貰った事は何度でもあったのだが…、トラウマ期間が継続しているとはいえ船すら駄目になっていたとは漁師の娘として何事か、凛に知られてはいけない事だぞこれは。
直接水に触れなかったとはいえ海の上にいる。もしかしたら、転覆するかも知れない思考が頭の中いっぱいに埋め尽くされてこのままではいけない、そうわかってはいても駄目な自分が情けなかった。一人で克服出来るいい機会かも知れないとは思ったが何処かで凛に頼りたい想いがあるのだろうか、気が付けばただの幼馴染だと思っていた凛の存在が大きくなっていた事に気付いていたのか気付きたくないのか。どちらにせよ今はそれどころではないんだ。船上では不審がられないように一言も発せず真顔を突き通していたから勘付かれてはいないはずだ、多分。無人島でなくてよかったがしかしついて早々ぐったり力尽きそうだ、これは酷い。

「澪先輩、休みます?」
「いや、大丈夫だ…。少し歩いてくる」

着いたところというのもあり地獄の特訓までにはまだ時間があるらしいので今の間に海から少しでも離れておいて気を休めておこう。自然と肩に力が入っていたようで息を吐き気持ちを落ち着ける。そのままぶらぶらと足を進める。

「ん?」

探索も兼ねてだいぶ遠くまで来たと思うが少し離れたところに人影が見える、遙達ではなさそうだが、…赤髪だ。

「……凛?」

いや、まさかそんな訳ないだろう。前回のスポーツ店でばったりも十分偶然にも程があるというのに合宿に来てまで会うとはないだろう、ないだろう…?どう見てもあの後ろ姿は凛にしか見えないのだがここら付近に鮫柄が来てるとでも言うのか?

「声をかけるべきか…」

人違いではなさそうだが、凛の後ろ姿を目で追いながら立ち往生。ええい、私らしくない!迷ったらまずは突撃だ!走り出した脚は止まる事を知らず凛との距離を縮めていく。足音に気付いたのか凛が後ろを振り返ったその寸前。

「せいっ!!」
「うおっ!?」

見事背中に突進を成功!勢いに負けそうになった凛は少しよろめいたが倒れることもなかった。

「澪!?はぁ、お前!?」
「船で来た!」
「船!?いや、待て澪、落ち着け!」
「落ち着いてないのは凛だろうが」

上を見上げると百面相を繰り広げている凛、これは見ていて楽しいがこのままの体勢というのも話しにくいのでおとなしく凛の背中から身体を離し向き合う形になる。

「前回といい変なところで凛に会うな、流石は幼馴染だ」
「何で澪がいるんだよ…」
「地獄の強化合宿だからな!鮫柄も合宿か?」

問いへの返信はなく、凛は眉を寄せた。この表情は私の事でとやかく言う時の顔だ。

「海、大丈夫だったのか。船で来たんだろ?」
「生きてる心地はしなかったがな、漁師の娘が全く情けない事だ」

困ったというように大袈裟にリアクションをとり凛の返信を待った。返ってきたのは頭をくしゃりと一撫で、それだけ。

「送ってく、近くなんだろ」
「あ、あぁ。ありがとう…?」

隣に立ち脚を進めた凛は、それ以降私と目を合わせる事はなかった。なんだろう、理由はわからないが何か少し、以前より凛との距離が開いてしまったような凛の気持ちがわからなくなったそんな気がしてちくり、胸が痛んだ。


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