その声はもう届く事はなく



無機質な電子音が鳴り響く、寝惚け眼を擦り手に取ったディスプレイには橘真琴の文字が表示されていた。

「…真琴か?」
「おはよう澪ちゃん、早くにごめんね。ハルがリレー泳ぐって!」
「遙が……、遙が泳ぐのか!?」

その一言により夢から現実に引き戻された。取り急ぎ報告の電話を終えた後即座に畳んでいたジャージに手を伸ばす。遙がリレーを泳ぐ答えを示したのは予想外だった、嬉しい事でしかない。何かが遙を突き動かしてくれたのは間違いないだろう。まだ朝も早いと言うのに逸る気持ちを抑えられなかった私は真琴から連絡が言っているであろう江を迎えに行く準備に取り掛かった。





慌しく駆け寄って来た似鳥から聞かされた言葉が頭を巡った。ハル達がリレーを泳ぐ、そんなわけはねぇ。廊下を突っ切った先のプールサイドから見えたのは確かにハル達の姿だった。
笛が鳴る。真琴が、渚が、リレーを繋いで行く姿に握る拳に自然と力が入る。数年前俺がいたそこに、違う奴が泳いでいる。ハルが水に飛び込んだ瞬間、この賑わいの中だと言うのに俺の耳に声が届いた。

「遙ぁーー!」

自分でもどうしてなのかわからない、視線はその声を発した揺れる赤髪を捉えた。

「澪、」

必死で声を上げ声援を送る澪を見たのは何時以来だろうか、あの声はもう俺が泳ぐ姿を応援してくれない。当たり前だ、澪はあいつらと同じ岩鳶水泳部の一人なんだ。そんな事分かっていた筈なのにぐらぐらと俺の何かが揺れ動かされているのが痛い程、頭に響く。


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