離せない、離さない。



私達岩鳶水泳部は県大会ベスト8に残り地方大会への切符を手にした。不思議と実感はなかったがあの光景が目に焼き付いて離れなかった。リレーに突き動かされたのは私だけではない、凛が言う見た事のない景色は、こういう事だったんだろうか。江達が賑やかに部室に向かって行くのを追う前に隣で気合を入れていた真琴に視線を向ける。

「どうかした、澪ちゃん?」
「いや、私も頑張らないとと思ってな」

もしかすれば彼らと凛がリレーで勝負をする姿を見れるかも知れないと思うとその可能性に自然と胸が昂った。そうだ、私も彼等と同じ岩鳶水泳部の一人なんだ。後悔はしないように私は私で出来ることをやらなくてはいけない。


「よし!私達も部室まで勝負だ!行くぞ真琴、フライーハイ!」
「えぇ!?ちょ、澪ちゃんまで!!」

慌ただしく追いかけてくる真琴に向かって手を振る。今という日がとても満たされている事に彼等との出会いに感謝しかないな、本当に。





陽は沈み切り辺りは真っ暗になっていた。岩鳶で八幡さんのお祭りがあると渚達が言っていたのを聞いた私は江に誘われて祭りにやって来ていた。岩鳶駅から一歩踏み出せばすっかり祭りの雰囲気を醸し出す港町に提灯の光が揺れる。夏祭りなんて久しぶりな気がした。話には聞いていたイカ祭りとはまさにこれなんだろう。目移りする光景に視線を泳がせていると対した人混みではなかった筈なのにやらかした事に気付いたのはもう暫くした後の自分の状況だった。

「しまったな…はぐれてしまうとは」

此処に来て一人だけ迷子だなんて情けない、生憎携帯を家に忘れて来たというおまけ付きだ。私服なら未だしも折角凛の母さんに着付けてもらった浴衣なんだ。走って探し回して着崩してしまう事だけは避けたい。

「…まぁ、ふらついていればいつかは会えるだろう」

前向きに考えよう、それしか今は手段はない。江や来てるであろう遙達に会える可能性ある。そういえば一つ思い出したことがある。此処ら付近には確か凛が冬の間だけ通った岩鳶小があるんだった。桜一面の中泳ぎたいと言っていた彼が想いを馳せた樹はまだ残っているんだろうか。どうせだ、少し足を運んでみよう。




「多分、話に聞くと此処ら辺で間違いはないと思うのだが…」

土地勘がないが多分合っているとは思う。見据えた先に誰かが走ってくる、私と同じ目的の人でもいたんだろうか。こんな時間帯に小学校に用事だなんてそれはそれで変わっていると思うが。俯き加減の為に表情は見えないが距離が縮まれば縮まる程に感じた違和感は現実となっていった。

「…っ、凛!?」

呼び掛けに顔を上げた凛の表情は苦痛に歪んでいた。いや、もしかしたら泣いたのかも知れない。私を捕らえた凛の瞳がゆらゆらと揺れ動く。

「澪、お前…」

一度足を止めたが何かを思い直したのか逃げようとする凛の手に手を伸ばし離さないようしっかりと握り締めた。無理矢理にも掴んだ手は振り解かれる事はなく私に預けられたままだ。

「…少し付き合え」

このままの凛を放っておくなんて事は私には出来るわけはない。


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