奇跡のかわりに花嵐

ユニット練習が終わった後、お互い待ち合わせをしていた教室の扉を開くと、先に練習を終えたななしの姿。夕陽に照らされた横顔は、いつもの緩い雰囲気を纏っておらず、何やら神妙な顔付きでスマホを眺めている。どうやら戻って来た薫自身にも気が付いていない。余程集中しているのか。足音を立てないようにそうっと背後からななしの座席に歩み寄る。
「何してんの」
「んー…、考え事…。もうすぐ薫の誕生日やからプレゼント、何がいいかなって…」
真剣そのものな返答。果たして声を掛けたのがその悩みの張本人だとは思ってもいないのか。ななしの神妙な顔付きの原因が自分自身だと考えてもいなかった薫は一瞬面食らう。まさかそんな事で悩んでいたとは。
「俺は何でもいいけどね」
「何でも、やったらだめなんだって!!だって薫の誕生日!薫の、薫の……」
「うん」
「って、薫ーー!?!いつから、そこに!?」
「俺の誕生日だからー、ってとこからかな」
唐突なネタばらしにななしは瞳をぱちくりさせた後、気の抜けるような声を上げながら突っ伏すように机に項垂れた。何らかのサプライズでもしようと考えてたのなら申し訳ない事をした、と少しの罪悪感。隣の席に腰掛け、項垂れた頭に手を伸ばす。されるがままの頭が手に合わせて揺れる。
「ごめんねななし、聞いちゃって」
「薫は悪くないよ。優柔不断な俺が悪いだけやから…」
「それじゃあさ、俺からお願いしてもいい?」
跳ねるようななしが体を起こす。慌てて手を引っ込めると、やっと真正面から見れたななしの期待した瞳が真っ直ぐ此方を射抜く。
「ななしの時間を俺に下さい」
「……へ?」
「俺は一番それが欲しいかな」
要するに、誕生日にななしを一人占めしたい。なんて直球な我儘だ事。当たり前のように口から出た願い。あくまで何事もないように装いながらもきっと赤く染まっているだろう頬は、夕陽によって上手く誤魔化されていて欲しい。
「そんなので、いいの?え、っていうか、俺で?」
「ななしが良ければ、なんだけど」
やっぱり強請り過ぎた、変だと思われただろうか。思わず泳ぐ視線、少し震える手を固く握り締める。
「俺は全然!!薫がいいなら、薫が満足してくれるまで付き合うよ!」
受け入れて貰えた。必死の返答に肩の力が抜ける、思わず安堵の溜息と笑みが零れた。まるで一世一代の告白劇、プロポーズと言っても過言じゃない。
「丁度休日やし、俺、色々調べておくよ!薫にいっぱい楽しんで貰えるようにするから!」
「ありがと、期待しちゃうよ?」
「まっかせて!」
やっと見れたななしの笑顔。本当、こんなに恵まれ過ぎていて良いのかと、思う時がある。今までにない最高の思い出の誕生日になるだろうと思うと、柄にも無く胸が高鳴るのを抑えられはしない。
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