かっこつける準備はできたよ

日付が変わるのと同時に送られてきた祝福のメッセージ。その数時間後に会ったななしは、いつもの緩い雰囲気を纏っている事には変わらないが、表情自体はやる気に満ちていた。本気で薫の為に時間を割く、という意思が伝わる。彼が頭を捻らせて練ったであろうプランを一つずつ巡る度に喜びに満たされる。ぎこちない態度になりながらも、エスコートをしようとしてくるななしの姿は薫からすると貴重であった。合間合間に世話を焼きたくなるところもあったが、今日は立場上控えよう。口元についている生クリームを拭えない日があろうとは。

気が付けば陽も沈み、夕焼け空は色を落としていた。楽しい時間が過ぎるのはあっという間。水族館を始め、様々なところを巡った。場所は勿論だが、何より今日という日を、羽風薫が生を受けた日を、ななしと共に過ごせた事に大きな意味がある。男と二人きりの誕生日、今までならそんなものはまずあり得なかったし考えもしなかった。その価値観を大いに変えてくれたななしの隣に今、立っている。

「薫、最後に行きたいところあるんだけど」
いいよ、と二つ返事。その足で電車に揺られ、数十分後に着いたのは、馴染み深い学園近くの海辺だった。いつものように、二人で浜辺を歩いてから、コンクリートの階段に座り込む。緊張の糸が解けたのか、ふぅと一息ついたななしの視線が薫の横顔を捉える。
「最後はやっぱりここかな、って思って!」
「俺もそんな気がしてたよ」
「やっぱり?薫と海は切り離せないなって」
波の音と混じり合うななしの声が心地良く耳に響く。海は好きだ、此処の海は特に好きだ。三年間のななしとの思い出が沢山詰まっている。十八年間の内、たったの三年間がこんなにも愛おしい。
「ななし、俺の我儘に付き合ってくれてありがとね」
「ううん、俺だって!薫ってやっぱり凄いなって思ったよ…、エスコートとかわかんないし、いっつも薫がしてくれてたんやなって」
「そう?別にそんな意識してなかったんだけどな。ななしといれば何処でも楽しいし」
「それは俺もだよ!だからさ、薫の誕生日にこうやって一緒に過ごせて本当に嬉しいんだ」

へにゃり、目尻を下げて笑うこの笑顔が本当に好きだ。咄嗟に口から出そうになった率直な想いを一旦飲み込み、ななしの左手を取る。
「先約、取っていい?」
自分より色白く細い薬指を掴むよう、そっと指を添える。まだ、何も嵌められていない薬指。意図を把握していないななしは小首を傾げた。
「ななしの誕生日には、お返しさせて。チョコレートも含めてさ」
「チョコまで!…ええの?薫がいいなら、勿論!」
心臓が高鳴る。嗚呼、今から待ち遠しい。チョコレートと、それともう一つ。渡す物を選ばなくては。

「ありがとう、最高の誕生日プレゼントだよ」
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