ハルジオンの行方

牛乳パックを片手に出るのは溜息一つ。 異変が起きた九月から一転した学院生活は刻々と別れの日を待つ。別に、何かがあったという関係ではない。月永レオとはそういう男だ。
初対面を果たした時からよくも分からないまま気に入られ、振り回され、気が付けばこちらから目が離せない存在になっていたというだけ。時間が足りないのは律自身が一番わかっていた。知るには遅すぎ、知りすぎた。

ここ数ヶ月、一気に叩きこまれた作曲等の知識に飲まれた頭は思考を放棄していた。いや、考えない様にもしていたのかもしれない。
「ななし!おまえ探したぞー」
陽気な声が現実を引き戻す。今日も今日とて放課後の空き教室に呼ばれていた理由すら、すっかり忘れている程度に。
「レオさんがここで待ち合わせっていってたでしょーが」
「あれ?そうだっけ?まぁ細かい事は気にするな!」
勢いよく笑い飛ばされる声はいつの間にか耳に馴染んでいた。それ程まで時間を共有していた事に気付いたのはつい最近。要するに自覚をしたのもつい最近。びっしりと書き込まれたノートを開くといつもの時間が始まる。プロデューサーとして学ぶことはまだまだ尽きない。所詮俺なんてレオさんからみたら下の下以下の対象だ。いつも通り、教えられた事にメモを取りながら顔をあげると瞳が交わる。切れ長の緑の目に映り込んでいるのは律自身。
「ねぇ、レオさん」
「ん?なんだななし、どうした?」
「触れていいですか」
答えを聞く前にペンを置いた右手がレオの頬に触れる。少しだけいつもより縮まる距離、物音ひとつもしない、まるで時が止まったかのような静寂な空気が二人を支配する。振りほどかれはしないか、と内心思っていたがそんな事はなくななしの手の上から重ねられるレオの手。
「ななしの手は冷たいなー?」
「レオさんの手も人の事言えないと思うんですけど」
「そうか?俗に言う心があったかいってやつだな!」
わははは、と笑う声に場の緊張が溶けていく。近くにいたのに触れたことがなかった手がこうも簡単に触れることが出来るなんて、考えてもいなかった。暖かい頬とひんやりとした手に挟まれ、少しずつ熱を帯びていく冷たい手。
もう少し、積極的になってみてもいいかも知れない。別れまでの時間が足りない、それならもっともっと思い出作りをしても許されるのかも知れない。振り回されてもいい、この人に振り回されるのはきっと悪くない。
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