王子さまのふりをして

人混みの中を掻き分け、次の召集場所へ足を進める鈴音の視界の片隅を幼馴染らしき人物が捉えた。途端、自然と足は止まりゆっくりと視線を移すと木陰の下、背中を預けひらひらと手を振る薫がいた。見間違いではない。
興味が薄い事には参加をしない薫がこの場にいる事がななしにとっては驚きでしかなかったがその分気持ちを安堵させるには十分だった。薫兄を誘って呼んでくれる人がいる、そうななしは納得した。数ヶ月程前まで溝があった幼馴染関係もすっかりと埋まり、今のななしだからこそ導き出せた答え。長年兄の様に親しんでいた存在が今もこうして些細な事で気に掛けてくれている事はななしにとって嬉しい反面若干の年相応の反抗期。近寄るわけでも声を掛けるわけでもなく、小さく手を振り返しその場を足早に去っていった幼馴染の小さな背中を薫は嬉しそうに微笑みを浮かべながら見送る。探していた親友が彼を見つけるのはまた数分後、別の出来事。


「ななしさん」
辿り着いた先、ななしより一つ前の競技に参加する翠が肩を叩き声を掛けた。呼び掛けに答え振り返ったななしの表情がいつもより浮き足立っていた事に翠は首を傾げる。
「何か良い事でもあったんスか?」
「あ、ううん。そんな大きな事じゃあないんだけど…、さっきここ来るまでに薫兄見つけたの。こういうの、いつもなら参加しそうにないのにいたから」
素直に、小さくだが笑みを浮かべて話すななしの姿は翠にとって可愛らしくうつるが、話の中身は別の男の話。関係性が幼馴染だと理解しているが恋心を寄せている身としては面白いものではない。薫兄が、と話題を続けようとななしが口を開く前に両手を包み込む様にとり、話題を遮った。
「翠くん…?」
「俺の事、見てて下さい」
それはこれからの競技の事か。それとも幼馴染の兄ではなく自分を見ていて欲しいのか。
真っ直ぐ真剣な瞳の前にななしは小さく頷く。それを確認した翠は名残惜しそうに手を離した後、競技の列に向かった。
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