こわれものの指で

復学したレオに再会して以来、一年前のあの頃を思い出すような付かず離れずな付き合いを繰り返していた。強いていうならば、当時よりレオのスキンシップが増えた事だろうか。内面に残された傷跡がきっとあるのはわかる。側で見ることしか出来なかったななしにもその記憶は鮮明に残されているのだから、当事者であるレオが抱えている痛みの大きさなど計り知れるものではない。それでもレオは強い人だと思う。アイドルとして、作曲家として、人として。尊敬出来る事は山程あるのだ。それを身近で感じさせてもらえることに感謝しかなかった。

だからと言って、だ。こうもまぁ振り回される日々が来るかとは想像していなかった。両親を見ていたらわかるが、自分にも父親の血が色濃く引き継がれている事はαやΩという壁を越しても嬉しいことではあるのだが。
「あ、そうだ。ななし」
隣で五線譜をかき鳴らしていたレオが顔を上げ、立ち上がる。何用だろうか、釣られて顔を上げたななしの視線には既にレオの姿はなく、背後に移動した気配を感じとる。悪戯か?と疑問を口にする前に、同じ様に一つに結われているななしの髪をうなじからスルリと避けた手が、肩に添えられる。

「レオさん?」
瞬間、肉を裂く痛みがうなじに走る。痛みに声を上げるより先に、起きた現実に思考が混乱する。
噛まれたのだ、噛み付かれたのだ。αであるレオにΩであるななしのうなじを。それがどう言う意味を持っているのかなんて等に理解しきっている。
「わっ、ガッツリ残ったな」
レオの指先がうなじに残された歯型を優しくなぞる、指先で拭い取った血をペロリと舐めとった。
「レオさん!!」
「流石のななしでも痛かったか?」
「そりゃ血出てますし痛いに決まって…、ってそうじゃなくて!」
慌てて問い立てるななしの手をレオは取る。
「仮番、だろ?」
「っ、わかって…」
「当たり前だ!あ、なんだななし?おれが理解してないでしたとでも思ってるなー?」
心底楽しそうなレオの声が響く。冗談でも嘘でもない、本当にレオと仮とはいえ番になってしまったのだ。

ななしにとって望んだことであった。出会った時から薄っすらと感じていた都市伝説な『運命』が漸く実ったのだから。それだと言うのに嬉しいという感情より、罪悪感の波が思考を飲み込んでいく。レオの隣に並ぶ資格があるのだろうか。
「…本当に、俺で良いんですか」
「出会って別れて巡り巡って…こうやってまた此処で会えたんだ。だからななしが良いんだ」
握られていた右手がレオの掌の上に乗せられる。困惑の消えないななしの表情を見て、ニコリと笑みを浮かべるななしの手の甲へ顔を寄せたレオは、そのまま優しく口付けを落とした。
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