逆回りのピリオド

まるで二つの宝石の様な瞳を持つ子がいた。漆黒の髪とのアンバランスが余りにも綺麗で、幼心ながら魅了された思い出がある。名前は、何といっただろうか。あの場にいたのはほんの一週間程、姿を見かける事はあっても結局話した事はなかった。今になって思い出すなんて、きっと後悔しているのだと思う。あの時声を掛けて、名前だけでも知れたのならよかったのに。

「本当に大丈夫かね?」
まだ上手く結べていない制服のネクタイを宗の手が整える。
「大丈夫だよ、宗兄も用事があるでしょ?」
「だがね…」
「ネクタイ、綺麗にしてくれてありがとう」
すっかり見違える程綺麗に整えられたネクタイに、宗の器用さを感じる。感謝と共に小さく笑みを浮かべても、宗の不安の顔色はどうしても消えない模様。さて、どうした事か。
思考を巡らせる為、宗から視線を外したその先。通り過ぎる一人の人物を瞳が捉える。靡く漆黒の髪と、一瞬だったが見えたあの瞳。
フラッシュバックする後悔の塊の思い出。そんなこと、そんなことって。突然この場を離れたら宗が大層驚くであろう事は承知の上で身体が動く。駆け出した足は、背後から慌てた声で呼ばれる名前を捉えながらも進むのをやめない。目の前に広がるその背中を見つけ、乱れる呼吸の中で声を吐き出した。
「あの…っ、!」
その声に気付いたのか、立ち止まったその人が此方を振り返る。
「おれになんか用?」
「あなた、は…」
「…あれ?」
間違いない、間違えない。目の前にいるその人は、まさしくあの時孤児院で一目見た張本人。変わらない二つの宝石の様な瞳に息を飲む。

「はじめまして…やないやんね?」
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