少年Kの逃避

夕陽は月へと姿を変え始め、窓から差し込む光は赤から黒い影を落としている。とあるマンションの一室、床に座り込んだままベッドに背を預けるななしが興味無さげに旅行雑誌をペラペラと捲る。時計の秒針がカチカチと鳴り響く音だけが空間を支配する。外から戻ってきた薫は御丁寧に玄関の鍵を締め待ち人がいる部屋にと足を運んだ。
「おかえり薫」
「ただいま。はい、待たせたね」
部屋に入るなり薫より先に口を開いたななしの手元にチョコレートが優しく置かれる。ななしが待ち望んでいた新作のチョコレートだ。嬉々として受け取ったななしは封を開け、頬張ろうとするのを横目に隣に腰を降ろした。ななしの膝の上に伏せられた数冊の雑誌が目に止まる。
「それ、何読んでたの?」
「んー?あぁ、これ貰い物の雑誌。なんか旅行特集組んであったから時間潰しに読んでた」
薫も見る?と一言、肩を寄せ合う。
ぱらりぱらり。凱旋門やピサの斜塔等の国外旅行から始まり色とりどりの魚が泳ぐ水族館や賑わう観光地の国内旅行へと捲られる度に写真は姿を変える、写真の中の世界はキラキラと眩しい。旅行なんてしたのは何時ぶりだろうか、ななしの手で捲られるページを眺めながら薫はぼんやり思う。
「俺、旅行って今まで殆ど行ったことないんだよね。だから何かこういうのって遠い世界っていうか、縁のない世界っていうか」
頭の中を読まれたのではないかと思うタイミングでななしが口を開く。薫の視線はななしの横顔をしっかりと捉えた。
「俺もあんまり行った事ないかな」
「薫も!?えっ、それやったら一緒に何処か出かけようよ!薫となら何処行っても絶対楽しいって!」
「その自信どこから湧いてくんのかなぁ?ななしってほんと」
「薫の事好き?」
「はいはい、知ってる知ってる。それじゃあ俺の事が大好きななしくん、まずは近場から旅行に誘ってくれる?」
「んんー…、それやったら公園の噴水旅行!」
「ほんと近場だねぇ、まぁいいけど。雰囲気的にはななしにしては合格かなー?」
口ではそう言いながらも自然と笑みを浮かべた薫は雑誌を伏せると立ち上がり、手を差し出した。
「夜のデートもロマンチックでしょ?」
断りなんてする筈のない頷きを笑みで返し、ななしは伸ばされた手に手を重ねた。
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