ドン・ロレンツォと出かける準備
アイシャドウを載せ終わった瞼に、まつ毛を埋めるようにアイライナーを動かしていく。アイラインを引いているときに話しかける人間は万死に値すると思う。おしゃべり好きのロレンツォも、しっかりと厳命されているのでわたしがアイメイクをしている時は静かにしている。偉い。
もう着替えてわたしの準備を待ってるロレンツォは、いつも通り鏡越しに化粧を見守っている。そんなに見られるとやりづらいのだけど、見ているのが楽しいらしい。
「なあ〜ショッピングもいいけどもっと楽しいとこ行こうぜ?つーかネットで買えばいいじゃん」
「今日はダメよ。結構着てみないとわかんないんだから」
「だぁ〜〜〜何着ても似合うんだから全部買っちまえよ。時は金なりって言うだろぉ?OK?」
「あのねロロ、服って時とかじゃなくてダイレクトに金銭なのよ。全部買えるわけないでしょ」
「だからいい加減俺のカード使えってぇ」
「なんでそっちには金を惜しまないのよ……」
「だからぁ、1番価値の高いナマエをどんな服がラッピングしててもナマエの価値は変わんねえってこと。OK?」
この男、本気で言ってるからタチが悪い。適当とかお世辞でもなんでもなく私が何着ても似合うと思ってる。そんなわけないじゃない。どちらかというとなに着ても似合うのはスタイル抜群のロレンツォの方だと思うけど、こっちはこっちで私がこれ似合うと思うと指さした服を片っ端から買っていくから最近はクリティカルヒットな物以外なるべく言わないようにしている。服で家が埋まる。
お化粧があらかた終わって、最後の仕上げをしようと口紅の数々をざっと見渡す。やっぱりリップを塗らないと顔が決まらないんだよね。今日は何色にしようかと悩んで、この前買った限定色にしようとルージュのひとつを手に取る。これは発色がはっきりしてて飲食してもわりと残ってくれるから好き。リップって色味ひとつで気分がガラッと変わるからことあるごとに買ってしまう。誰にでもそういうものはあるでしょ?と言い訳する時点で案外ロレンツォのことを何も言えないのだ。
ツヤのあるそれを唇に滑らせたところで、背後でじっと見ていたロレンツォが動いた。
「ひゃ、なに!?」けらけら笑うロレンツォを見るに、悪戯で首につめたい手を当ててみたのだろうけど、なんでもうちょっと待てなかったのよ!リップを持つ手がぶれて、最後の最後に唇を大幅にオーバーしてしまっている。嘘でしょ。
なにしてくれるのとロレンツォを恨めしげに睨みつけても、悪戯が成功して笑ってる彼はずっと楽しそうでやってられない。どうするのよこれって頭を抱えそうになったけど、ひとつ閃いて内心ほくそ笑む。それならこっちだって悪戯し返してやるわ。へらへら油断してる彼の頭をぐいっと引き寄せて、頬に思いっきり唇を押し付けてやった。きょとんとした顔のロレンツォを鏡の前に引っ張ってきて、いびつなキスマークが頬にくっきり刻まれているのを確認させる。ざまぁみなさい。
「これに懲りたら出かけるまで大人しくしてて。出かける前には落としてあげる」と言って失敗したリップをクレンジングで落としてもう一度唇に色を乗せ始める。これで大人しくしてればいいんだけど、と鏡越しにロレンツォを見たら、……固まってる?
「ロロ?どうしたの?」
「……ゃん」
「何?」
「俺今日このまま行く。OK?」
「ハ!?なんで!?」
「だぁ〜、これめちゃくちゃサイコー♪これあったら俺がナマエのモンだってすぐわかんじゃん♪」
「え、ちょっと。待って!?マジでそのまま出る気!?」
うきうきのロレンツォはご機嫌で外に向かい始めて、慌ててメイク落としを持ったままの鬼ごっこが始まる。なんでこうなるの!?
最終的には「口にキスしてあげるからしゃがんで!」とキスしながら頬のキスマークを落とす羽目になって、その日の買い物はやけに唇だけ血色のいいロレンツォと疲れ切った私によってちょっと早めに切り上げられた。しかも、リップを塗るたびに頬を寄せてくるロレンツォに頭を抱える日が当分続いた。もう悪戯はしない。