ドン・ロレンツォと花束
気が付いたら家に物が増えている。クローゼットを見たら知らない服が下がっているなんてしょっちゅうだし、靴も鞄もそんなに持っていなかったのに気がついたら置き場所から溢れそうになっている。しかも全部有名ブランドのやつ。今食べているSNSで話題のパティスリーのケーキも、それを乗せているお皿も、なんならそれを食べているカトラリーまで自分で買った覚えがない。問題です、どうしてこんなことになっているのでしょう?答えは1人の男と出会ったから!
出会った頃から今の今まで、家に来るたびにプレゼントを置いていくのはこの際サンタクロースの仕業だったらよかったんだけど、正解は気がついたら彼氏彼女の関係になってたドン・ロレンツォのせい。共通点は人に何かを贈ることがもはや仕事みたいになっちゃってること。とはいってもわたしは別に普通に生きていけるくらいには稼いでいるつもりの大人なんだけど。
そもそもこういうプレゼントは特別なときに頂けるから嬉しいのであって、来るたびにどかどか高級なものを渡されると段々怖さのほうが勝ってくるってことをはじめて知った。このままだといつかは毎日違う靴で出かけられそうで、靴用の部屋をひとつ作らないといけないのかもしれない。この単身用のアパルトメントに?まるでどこぞのセレブみたいな家になりつつあるけど、私自身は根っからの庶民だから全身をブランド品でかためて街を悠々と闊歩するわけでもないのだ。だから、今日こそはしっかり言い聞かせないといけない。じゃないとこのシンデレラストーリー、いくらなんでも力技すぎる。
「ロレンツォ、ここに来るたびにプレゼント買ってこないで。さすがに申し訳ないから」
「だぁ〜、なんでぇ?い〜だろ別に。俺が買いたくて買ってきてんだし」
「気後れするのよ。毎回毎回申し訳ないからいっそのことなるべく会わないようにするって言ったらどうするの?」
「ハ?ヤダ、ムリ、ヤダ」
ショックのあまり片言になってしまっているロレンツォを見ると心が痛むけど、本当にそうなりかねない。だっていくらなんでも桁違いすぎる。
目の前でわかりやすくへこんだ、行動だけは健気な子にシルバーのフォークでケーキを差し出したら、テーブルにひしゃげたまま口だけ開けてぱくっと噛みついた。そのままゔ〜っと不満げに唸ってゴールドの歯でフォークをがちがち噛んで、うーん、躾はまだまだこれからかもしれない。
ご機嫌取りに、ロレンツォがいればほかにはなんにも要らないよって可愛く言ったらそんなわけなくねえ?俺だけじゃ生きていけねぇだろって、変なところでリアリストなんだから。でも、ぶすくれていたロレンツォは急にひらめいたみたいに目を瞬かせて、咥えていたフォークを皿に置いてわたしの手を取って言う。
「俺ぁナマエのことがだ〜いすきだから、俺が居ない間もナマエの生活に居座りてぇの、OK?」
お伺いをたてるために困ったように眉をひそめて小首をかしげて、私を丸め込もうとチューンナップされた即興芝居だってわかっていてもダメージが大きい。ケーキのかけらが髭についてるのは絶対に計算じゃないのに、それも含めてすごくかわいい。かわいい、けど、そんなこと言ったってダメなんだから……!
意思を強くもって、かわいこぶったってダメってつんと顔を背けたら、今俺のことカワイ〜って思ったってことでOK?って、覗きこんでにやにやして、もう!ああ言えばこう言う!
「ああもう、買ってくるのは許すけど物は私が指定するから!」
「だぁ〜、許された♪」
「はぁ……、そうね、今後買ってくるなら花がいい。数もいらない、一輪でいいわ」
「ハ?そんな食いもしねぇ換金もできねぇモンでいいわけ?」
「いいの。ただしロレンツォが選んでね」
「その花が枯れるまでに会いにきて。もちろん忙しい時はかまわないけれど」って、ふらふらしがちな彼氏を繋いでおく健気な彼女の気持ち、伝わった?代わりのものより本人が欲しい、そんなちょっとしたわがままには相応しい贈り物でしょう。目の前のロレンツォは私の手を取ったまま、ちょっと固まったあと「明日持ってくる。OK?」ってぶんぶんわたしの手を握手するみたいに振りはじめて、まあ、半分くらいは伝わったか?彼の口元を拭きながら見たらにこにこ満面の笑みだから、お互い納得ということでまあいいでしょう。
次の日のわたしへ、朝一番に「俺たちが出会ってからのぶん!」ってバカデカい花束を持ってるロレンツォを見てだめだったか……と遠い目をすると思うけど、そこからは一輪ずつ持ってくるようになるからあんまり心配しなくてもよさそうです。未来のわたしより。
おまけ
「なァ、あの花なんて名前?」
「あれか?ふむ、確か芍薬だろうな」
「シャクヤク?はぁん、OK」
「花に興味があるとは思わなかったが」
「あ?俺はキョーミねぇよ。でもナマエと約束したからさァ。花ぁ持って会いに行く、理解OK?」
「え?なに?誰?彼女?」
「だぁ〜彼女。つかフィアンセ?……バロちゃんスゲー顔してんじゃんウケる」
「こいつにそんな甲斐性存在してたのかの顔してますね」
「なるほど、オシャな話だったな」
「めっちゃイタリア男じゃんこいつ。なんかすげ〜負けた感ある……」
「でもちょっとロマンチックすぎねえ?これホントに本人か?」
「最初は絶対換金できるのがいいだろって売価高いモンから渡してたんだけどさあ、ナマエが花がいいってスゲー言うから」
「間違いない、ロレンツォだわ」
「質屋目線でプレゼント選別することありませんからね普通」
「ねぇの?」
「ねぇよ」