閃堂秋人とこれからのこと


 

秋人くんから「話したいことがある」とメッセージが来たのは、U20とブルーロックの試合があった2日後だった。暖かい部屋の中でも頭がすっと冷えて、わかった、とだけ返信するのに何度も打ち間違える。いつか来るかもしれないと思っていたけど、実際来てみると、胸がつぶれるようだってこういうことなんだなって初めて知った。
明日会える?と言われたから、2人で何度か行ったカフェを指定して夜が明けるのを待つ。どうせ寝られるわけもないから、念入りに服を選んで、スキンケアだけはしっかりやって。
彼の目に映るのが最後なのだとしたら、後悔のないようこれまでで1番可愛くありたい。


「俺、これからブルーロックってとこ行ってさ、海外見据えて強化しようと思ってんの」
「うん」
「でさ、場所もわかんねーしスマホも基本没収らしくて、全然連絡とか取れねーし、いつ出てくるとかも全然わかんねえの」
「うん」
「だからさ、こんなこと言うの本当勝手なんだけどさ、」


聞きたくないなあ。目の前に座る彼の真剣な顔をどこか遠くから見ている往生際の悪いわたしが言う。全部夢ならいいのに。今すぐ目が覚めればいいのに。そんな自分の醜さを直視したくなくて、まっすぐ夢を語る瞳から視線を外した。きみが栄光を掴むさまを見たい、きみが望むすべてを手に入れてほしいと願う心は本当なのに、きみの隣にいたいという欲望が邪魔をする。
冷めきったカフェラテを飲み干して、ひとつ、息を吸う。大丈夫。予行演習通り、いいよって言うだけ。このカフェはお気に入りだから、雰囲気もよくて美味しいから、だから泣かない。次からは1人で来るのだから。それにこれ以上面倒な女になってたまるものか。笑え、笑え。


「出てくるまで待っててくんねえ?どれだけかかっても絶対ナマエのとこ帰ってくるから」
「……え」


だめ、ですか……?と悲しげに眉を垂らす秋人くんに、なんて返事するつもりだったのか急に全然わかんなくなった。話が違う。夢を叶えるのに重荷になるからって、だからちゃんとけじめ付けに来たんだなって、そう思ってたのに。ずっと放心したように固まるわたしを見て秋人くんはしゅんと俯いてしまって、ああ、待って、全然飲み込めてないの。


「……別れ話じゃないの?」
「エッ、なんで!?真逆なんですけど」
「だってあれだけ放送されてる試合でグラドルとかハリウッド女優とか言ってるし」
「いや本当それは違うんだって!そのくらいの意気込みって感じで!」
「それに海外見据えてるって言ったから、邪魔になるかなって」
「……何が?」
「わたしが」
「それは絶対なんねーよ」


なんでそんなこと思ったの、とそっちが別れを告げられたのかみたいな顔で聞くから、海外行くなら日本に彼女がいるとか重荷通り越して邪魔じゃないの?ってことを素直にとまどいながら伝える。だって、普通そうじゃない?でもそう言ったら俺ナマエにいいとこ見せようと思って頑張ってるところがわりとあるんですけどと口を尖らせるからもっと困惑が増す。


「アッでも俺海外行くとなったらナマエにも着いてきてほしいんですけど、大丈夫?」
「大丈夫とは……?」
「えっ?いや、海外で暮らすのとか、家族のこととか。なんかこう、あるじゃん」
「……強いて言うなら、パスポート。今からつくって名前変えるの面倒くさい」
「……ん?」
「だから、秋人くんが私のところに帰ってきて、苗字をどうこうするつもりがあるなら、その時取りに行く。それ以外は、大丈夫」


暗に重すぎる条件を提示して、少しはたじろぐだろうかと彼の様子を伺う。けど、にこーっと無邪気に笑って、俺も持ってねーし一緒に作りにいこーぜとあっけらかんと言う秋人くんを見てこっちも毒気を抜かれる。結婚するつもりがあるということ……?と恐る恐る聞くけど、逆に向こうが当たり前じゃんと目を丸くするからなにも言えない。結婚するつもりないやつ海外に連れていこうとはなんねえよって、確かにそんなちゃらんぽらんだとは思ってないけど。


「そもそもなんでわたしが待たないと思ったの」
「えー、だって次会えんのいつになるかわかんねえし。それに俺がいない間に知らねえ奴に声かけられたりしたら嫌だなーと思って?」
「なんだその心配、失礼な」
「え?ごめん……?」
「おわびに昨日からなんも食べてないからここの1番でかいパフェ一緒に食べて。あと今日わたしの家来て一緒に寝て。寝てないの」
「何!?いいけどなんでそんな不健康なことになってんの!?」
「秋人くんのせいですが」


俺なんかした!?と慌てる秋人くんを横目に店員さんを呼んで注文を始める。気が抜けたらお腹が空いた。追加でサンドイッチも注文しちゃえ。
2人でパフェをつつきながら、わたしが浮気するわけないんだからそんな深刻そうにしないでよと苦言を呈す。でもずっと電話できねーのとか深刻じゃん!って、なんでわたしより可愛いんだこの男は。
つーか今日とかすげー可愛いし、こんなんほっとかれるわけねえもんと膨れる頬を人差し指でぷしゅりと刺して、わたしはその日はじめて心から笑った。