オリヴァ・愛空は試しがち


 

いつも通り、休日前の夜半に転がり込んできた男は、夜の雰囲気を隠そうともしていなかった。あたしの部屋で慣れたように定位置に座る男に残る誰かの痕跡を、アルコールに溶けた頭でひとつひとつ間違い探しみたいに指差していく。
女物の甘い匂い、胸元に付いたファンデーション、見えるか見えないかの位置に付けられたキスマーク。


「本当におまえは人を試すのが好きねえ」


缶酎ハイ片手にもはや感心しながら口に出す。怒ってはいない。ただの事実の確認。定期的に週末に顔を出し、長期で来ないときにはきちんと連絡を入れてくる律儀な男。そのくせその前に他の女と遊んでいたことを隠しもしない。心底よくわかんない生態してるから、今度来る時にはどうなってるのかむしろ楽しみになってきてすらいる。
それにもっとわかんないのが、そこに言及されることが嬉しいのか気まずいのか、なんか複雑な表情を浮かべること。どう考えてもあたしの方が複雑でしょうよ。もっと開き直るとか割り切るとかすればいいのに。本当、変な奴。まあ、それを受け入れてるあたしも変なやつか。こんな男と付き合ってること事態、ほとんど自傷行為みたいなもんだし。


「実は怒られ待ちだったりする?」
「いやー、どーなんだろ」
「まー満足するまで試せばいいよ。別にその程度で愛想尽かすこともないし」
「……そーですか」
「そーですよ」


あたしは愛空と違って大人なんでね、と言いながら頭を雑にわしゃわしゃ撫でる。大人びた様子を崩さないくせに、ふとしたときの目が迷子の子どもみたい。そういうところに女の子はころっといっちゃうんだろうな。他人事だけど、一応経験者は語るってことで。


「子どもは子どもらしくさあ、好き勝手やればいいんだよ」
「俺より2つ上くらいで大人ぶんないでよ」
「お?いいぞお子ちゃま。遅めの反抗期のはじまり?」
「なんなのまじで……」


思いっきり煽ったのはこっちなのに、なんかごめん、と殊勝に謝るから吹き出すように笑ってしまう。大人ぶってるのはどっちなの。あたしがガキすぎるだけか。


「外ではいい感じに立ち回ったり政治みたいなことしなきゃいけないこともあるんだろうけどさ、ここでは忘れなよそーいうの」
「なにそれ」
「子どものワガママくらい大目に見てあげるってこと。愛空は変なところ真面目ちゃんねえ?」


猫被られてたんじゃ面白くない。何事もどきっとするくらい素直がいい。なんか無理に大人にならざるを得なかったような男ならなおさら。だから、こういうダメな大人見て安心すればいい。傷にもならない恋ならいらないって、あんたを利用する悪い大人で安心できるかは別として。


「そもそも本命がいるのかすら知らないけど、あたしは愛空のことそれなりに大事に思ってるからね。あんたが家に来なくなるまでは特別に犯罪以外はゆるしてあげよう」


あたしは好きな子にだけ寛大だよ、と缶に口を付けくふくふ笑う。愛空があたしのこと好きなのかはわかんないけど、少なくとも下心くらいはあるんでしょう。恋はお互いが自分のこと好きだってうっすらわかってるくらいが1番楽しいって言うじゃない。まあ楽しいのは手札を全オープンしてしまってるあたしだけかもしれないのだけど。


あたしのターンはもう終わってるからとにこにこ余裕を楽しんでるけど、悩める若人はぐ、っとなにかを堪えるような表情をしてる。どーしたの?と促すと、「俺、ナマエのこと好きだよ」と目を逸らして溢すから、素直に嬉しい、と返す。ここにはもう来ないって言われるかと思ったけど、そんなことはなかった。それも嬉しい。
それなのに、愛空はなんかちょっと怒ったようにあたしのほうを見ている。なんなのよ。だからなんかあんなら言えって言ってんでしょ〜?と髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜると、「だから、すきなんだって」と小さな小さな声が聞こえた。


「仮にも両思いでハッピーじゃん。なにをそんなに思い悩むことがあるかね」
だからそんな顔しないでよ、とわたしがぐしゃぐしゃにした前髪をかきあげて額にキスを落とし、ついでに胸元に付けられていたキスマークを上書きした。向けてる矢印にどれだけの違いがあっても、一応両思いなら私も付けたっていいでしょ?


「もうしないから」
「そうなの?まあ刺される心配は減るからいいか」


あ、これもしかしてキスマつけた子と間接キスってこと?可愛かった?とにやにやしながら聞くと、珍しくぶすくれた愛空がなんかムカつく……ってわたしの口をごしごし擦るから、だめな大人のあたしはいよいよお腹を抱えて笑ってしまった。夢中で笑っていたから、拗ねたきみの「だから、本気にしてよ」って告白なんか、もちろん聞こえていなかったのだ。