閃堂秋人とやつあたり


 

夏の間はお互い忙しかったせいで2人でゆっくり過ごせる時間なんか久しぶりで、この日を楽しみにしていた。いろんなこと話したり、今後の予定を決めたりしようと思って。なのに、肝心の秋人くんは私の部屋に来てからというもの長いこと携帯に夢中だ。
唇をへの字にして、どうせエゴサして凹んでるんでしょう。そこで見るのやめればいいのに、画面をスクロールする指は止まらない。私が肩にもたれてもその目がこっちに向くことはなかった。長いこと放っておかれたグラスの中ではオレンジジュースと氷が溶けて二層になっている。


こっちから声をかければん、ん、って上の空で返事だけはしてくれるのをいいことに、都合の良いことばっかり詰め込むのももう飽きてしまった。それをいいことに、髪色的に私がダッフィーコーデ、秋人くんがリーナベルでディズニー行こうねって約束と、今度のハロウィンにナース服着てもらって写真撮る許可と、秋人くんの買ってたおかし食べちゃったって暴露と、今度の同窓会行くからねって報告はしたんだけど。
全然聞いてない秋人くんが面白かったのもそこまでで、変わらない顰めっ面に引き結んだ口がどんどん深刻さを増していくものだから、こっちもあんまりふざけていられない。ねえ、こっちむいてよ、いつもみたいに笑ってよ、と声をかけるのも憚られて唇を噛んだ。


あーあ、こんな時間が欲しかったわけじゃないんだけどな。重い足取りでトイレから帰るついでに、思い立ってクローゼットに仕舞いこまれていた特別ふわふわで柔らかいブランケットを引っ張り出す。もうこうなったら強制的に引き離しちゃおう。多分全然正解ってわけじゃないだろうけど、世界的なプレッシャーに曝されるひとを慰める方法なんか一般人にはわかりっこない。


ひっそりこっそり近寄って、さっきからなに一つ変わっていない後ろ姿を大きなブランケットでばすりと頭から覆い尽くしてしまう。は!?なに!?ともぞもぞ暴れるシーツおばけの背中になんにも言わないで抱きつく。こういう時なにを言っていいのかなんかわかんないけど、慌てたついでに彼のスマートフォンは床に転がってて、とにかくよかったって思った。
野良猫でも捕まえるみたいに上からぎゅっと抱きしめ続けてると、なんなのってちょっといらついた声が聞こえて固まる。そりゃあ気が立ってる時に突然中断させられたらそうもなるよね。でも、どうでもいいときはぺらぺら動く私の口はこんな時にどうしていいのかわかんなくて貝のように噤んだままだ。


なんか言ったほうがいい、というか驚かせたこと謝って、なんでこういうことしたのか言うべき。そんなことわかってるのに、どう言っていいのかぜんぜんわかんない。わかんないよ、って目の前のちいさい山にこつんと額をぶつけても、ふわふわな感触で受け止められてちょっとだけ目が潤んだ。


「……何、構えって?」


うりうり首を動かしてちがう、と言外に伝える。ここで突然泣いてるのなんかわけわかんないだろうから、落ち着くまで喋れない。だめだな、一旦離れようと思って腕をゆるめたら、すぐにばさっとブランケットを剥がした秋人くんと目があう。うわ、みられた。見開かれる彼の目から逃げだす時間も足りず、とりあえずブランケットに潜り込んで顔を隠した。


「……え、あ、ごめ、ごめん!言い方キツかったよな?てか手当たった!?痛かった!?ほんとごめん……」
「……なにもない。ダイジョブ」
「いや、え?でも……」
「ちがうから。大丈夫だから。ほっといて、きにしないで」
「いやむりだろ……」


今度は私がシーツおばけになって、ブランケットを握りしめてきゅっと縮こまる。
これ以上泣いてるところを見せるわけにいかない。だって、そんなのめんどくさい女すぎる。ちょっと自己嫌悪でイヤになっちゃっただけで、なんかもう事情が違うのだ。とりあえず誤解だけは解きたくてそんなことをぽしょぽしょ伝えるけど、全部ぐちゃぐちゃになっちゃってるからちゃんと喋ろうとするたびに嗚咽が邪魔をする。ああもう、泣きたくなんかないのに感情の起伏が涙に変換されてしまう、嫌な癖。私の背中をさすって落ち着かせようとしている手もぐちゃぐちゃの一因だし。ごめんね、落ち着くまで放っておいてってブランケット被ったままどっか別の部屋に移ろうとしても、遠慮がちに、それでもしっかりと裾を掴まれるからどこにもいけない。


「……ごめんね。うまいこと、言えたらよかったんだけど。深刻そうな顔してたから、どうにかしたかった、だけ」
「そーだよな、ごめんな。ナマエのこと心配させて、しかも泣かしてりゃ世話ねえよなぁ……」
「秋人くんのせいじゃない。秋人くん、がんばってて、えらいし。だから、気にしないで。全部」
「……ん、わかった」
「……あと、わたしが泣いたの、忘れて」
「えっ?えー、あー、どうだろ……」
「わすれてよぉ……!」


なんか変なタイミングで泣き出したこと、急に恥ずかしくなって今度は違う意味でブランケットから出られない。泣いたり気まずかったりで暑いんだからはやくどっかいってよ。せめてエアコンの温度を下げようと思って手探りでリモコンを探すけど、リモコンの代わりに暖かいものが私の手を掴んだ。


「ね、ナマエ。出てきて、お願い。ちゃんと謝らして」
「……しゅーとくん悪くないって言った」
「じゃあ、今日ずっとほっといてたことの方を謝る」
「う、それずるい」
「この布取っていい?熱中症なっちゃうよ」
「……だめ」
「だめかあ……。どーしたら許してくれる?」
「……謝んなくていいから、アイス買ってきて」
「え?」
「コンビニで、なんでもいいからアイス買ってきて。一緒に食べよ。それでチャラ」


コンビニに行ってる間に汗かいたの着替えたり顔をどうにかしようって思って言ったのに、わかった!すぐ帰ってくる!ってばたばた駆け出した秋人くんはほんとうに何にもわかってない。でも、2人揃っての自己嫌悪もここで終わり。半日放っておかれたんだから、ここからいっぱい構ってもらわないと割りに合わない。
とりあえずはさっき吹き込んだ適当な約束でちゃんと面白いリアクション返してもらわなきゃ。そんなこと言ってたの!?と慌てる秋人くんを想像しながら、廊下を歩く足取りはさっきとはうってかわって浮かぶように軽かった。