オリヴァ・愛空と喧嘩ごっこ
休日の昼下がり、ソファーで彼氏とのんびり過ごしていたら、充電ポートに置きっぱなしの社用携帯が徐に着信音を鳴らす。不穏な気配にひえ、と悲鳴を上げながら手に取ると表示されてるのは同僚の番号で、そういえば昨日まで休んでたっけ。
様子を察してテレビの音量を下げる愛空に感謝しながら、少し離れたところで電話に出る。
「休み中にごめん!ちょっと聞きたいことあって」「いいよ、居ない間に色々話進んだもんね」
終始申し訳なさそうな同僚の質問に答えて、あとは次出勤してからということで電話を切る。雑談混じりで話していたから気付いたら30分くらい経っていて、ちょっと申し訳ないことしたな。
「終わった〜。音戻していいよ、ありがとう」
「ん〜。休日まで仕事って、お仕事熱心なことで」
「ごめんね?でも愛空に言われたくないなあ」
さっきからテレビでずっと流れているのはサッカーの別リーグの試合で、知ってるやつ何人か出てるからさあって変な言い訳してたけど真剣に見てるのわかってるよ。どう考えたってテキトーに会社員してる私よりもお仕事熱心だ。
そっちも彼女ほったらかしだったくせにって笑いながら返したら、それとこれとは違うじゃん?とわざとらしく拗ねてみせる男に苦笑する。知らない間に即興の喧嘩ごっこが始まったみたい。
「しかもさっきの電話男からだったし」
「同僚だから仕方なくない?」
「なんか楽しそうだったし?」
「何年も一緒に仕事してりゃ多少は仲良くなるよ」
「浮気じゃん!俺のナマエが浮気した〜!」
「それも愛空には言われたくないな!?」
俺のは昔の話じゃんと唇を尖らせるけど、あの頃の節操のなさを思うと一緒にされるのは心外にも程がある。というかそもそも浮気ではない。
始めから終わりまで仕事の話しかしてなかったの聞いてたでしょって言っても、俺と仕事どっちが大事なのよ!ってノリと勢いで流してくるし。ねえもうめんどうな彼氏になりたいならせめてそのニヤついた顔をどうにかして。別方面でめんどくさい彼氏になってるよ。
「いや〜傷ついたな〜」
「にやにやしないで。なんかおじさんっぽい」
「特に傷ついた!今!」
「あはは!ごめんなさいね」
「酷いな〜。だからおわびにナマエからキスして?」
「なにそれ」
悪戯っぽく茶化してはいるにしても、期待に満ちた表情とあからさまな口実に笑うなって方が無理な話で。場慣れした男がこれだけ小芝居して言いたかったのがそれ?ささやかというか、いじらしいというか、それとも計算高いと言うべきか。案外可愛らしい男だということは付き合い始めてから結構すぐにバレていたけど、私がそういうのに弱いっていうのも同じくらいバレている気がする。やっぱりギャップって強くて。
「そんなんでいいの?」
「言わないとナマエからキスしてくんないじゃん」
「自分の身長考えてくれる?」
見上げたって背伸びしたって届かないような身長差してるんだから、と言うと俺もうずっと座ってようかな……とぼやく姿にぷふっと笑って腰を浮かせる。その程度でいいならサクッとお望み叶えてあげましょう。さっきよりあからさまに不満を露にする唇をすっと避けて、その上の鼻をかぷっとかじる。これもキスはキスだし。何事もなかったかのようにソファーのスプリングを撓ませながら腰を戻すと、唇を尖らせたまま目を丸くしてる愛空がこっちをきょとんと見ていて、そんなの見たら堪えきれなくて思いっきり笑ってしまう。なにその顔、初めて見た。
「え?口は?」
「どこって指定なかったから」
「そりゃねえよ……」
けらけら笑いながら普通口じゃん……!としょぼくれる大男を見ていると、おもむろにん!と顔を寄せてリテイクを要求してくるから、今度はお望み通り、注文の多いお口を黙らせてあげる。ちゅっとかわいい音を響かせて、離れようとした瞬間抱きしめるように後頭部に押さえつけられて、え?とかは?とか声を出そうと開いた口に分厚い舌が押し入ってくる。
「んぅ!?あぃ、く」
「ふ、かぁいい」
そこまでしていいとか言ってない!ってべしべし胸を叩いて止めようとするけど、嬉しそうに目を細めてる愛空はその体躯を活かしてすっぽりと私を抱え込んでしまう。ごつごつした手が頬をすべって、酸素と一緒に思考力まで奪われて。ああもうその顔ずるいなあって思ったらふにゃっと力が抜ける。それをいいことに気がついたらソファーに押し倒されてて、狭っ苦しいったら。
散々口内を蹂躙して、息も絶え絶えに横たわる私の耳元で「ナマエ、いい?」って、お伺い立ててもやめるつもりなんかないくせに。こんな一択の質問にわざわざいいよって言ってあげるのも癪で、両手で頬を引き寄せてキスをする。短い髭が手のひらに触れてくすぐったい。私からキスして欲しかったんでしょう?ってくふくふ笑ってたら頬に当ててた手をがっちりと握り込まれて、その逃がす気のない力の強さにここから散々好き勝手されるんだろうなってわかる。あーあ、今日の予定はここから全部白紙に戻るみたい。まあ、それでもその私のこと可愛くて仕方ない、って顔に免じて許してあげる。