閃堂秋人がバグった


 

「今日風強いねえ」


雲多いし、と窓の外を見て首をすくめたナマエは、今日は中に干そうかなと室内に2人分の洗濯物を干していく。元は俺の部屋だったはずなのに、どうせよく来るからとあれもこれも揃えてしまって半同棲みたいになってる部屋。勝手知ったると言わんばかりに定位置にハンガーを引っ掛けていくナマエに付き合ってるって感じするな、と改めて実感する。見てわかる服のサイズの違いとちょっと背伸びして干してる姿に笑みが溢れた。


なんかいいなあ……って考えてたら秋人くんにやけてないで前見てってナマエの声でやっと手元に目を向ける。よそ見していたらカップの半分くらい注げばいいはずのお湯がほとんど溢れるくらいまで入っていて、急いでケトルを戻す。やべ、このカフェオレ絶対薄い。


マグカップから溢れかけてるうっすいカフェオレを啜りながら、今日は家でゆっくりしよ〜とソファーに座って、サブスクの映画を選び始めたナマエの隣で荒れ模様の窓の外を見る。揺れる木とヒューヒュー鳴る風の音で、俺たちが恋人になった日のことが思い出されてほとんど無意識に口を開いた。


「俺が告白した日さ、風強かったじゃん」
「え?あー、そうだったっけ?」
「そーだよ。……今だから言うけどさあ、あの日すげー風強かったせいでナマエがよろめいてさ。とっさに引き寄せたときああこの子風で飛んじゃうんだ、と思ったらえっ守らなきゃ……ってなって、思わず告白したんだよね」
「……まじ、マジなのですか、それは」
「マジです」
「だからあんな意味のわからんタイミングで告白されたんですかわたし!?」
「えー、そうです」


驚愕の事実!という顔でショックを受けているナマエを見ながらあの日のことを思い出す。
駅で待ち合わせして、地下の出口から出ようとした時。いつもある程度風があるとはいえその日は多少風が強くて、外に出ようというその時によろめいて階段を踏み外したナマエがスローモーションに見えた。すぐに片手を掴んで引き寄せたけど、あまりのことに大丈夫?とも言えずによくある猫の画像みたいに宇宙を背負った。……ナマエって風で飛ぶの?


そこから頭は完全にフリーズしてて、そもそもその日は新しくできたおしゃれなカフェに行くつもりで、あわよくばそこで告白できたらなとか思ってたのに、理想は全部すっとんで駅の階段で妙な体制の男女が付き合ってください!正気!?とデカい声をあげるハメになった。告白の返事が正気!?ってなんだよ。でも言わせたの俺なんだよな……。


あまりにろくでもない馴れ初めを思い出して固まっていたナマエは、……はっ!と意識を取り戻していや今言う!?がでかすぎて風のこととか覚えてないよってぽこぽこ苦言を呈している。本当にそうだと思うし、冷静に思い出すと死ぬほど恥ずかしい。タイミングがバカすぎる。
付き合うことになったって報告して、最初は喜んでくれてた愛空とか最終的に笑いすぎて床に崩れ落ちてたし。というか他のやつのエピソードとして聞いたら俺もそうなる自信あるし。だからせめて本人にはどれだけ聞かれても隠し続けてきたんだけど、ずっとその場しのぎで誤魔化してたら実はなんかすごいドラマチックな裏話でもあるんじゃねえかとナマエが思い始めてたから無理だった。そこには何もねえよ。いや、驚愕の事実ならあった。ごめんな。あの後カフェでめちゃくちゃ頑張って最終的にOK貰えたのが今更ながら奇跡に思えてくる。


というか俺にとっては思わず告白するくらいにはマジでびっくりした出来事だったんだけど本人にとってはそうじゃないらしい。あんな衝撃的なこと覚えてないことってあるか?
困惑のあまり女の子ってそんな飛ぶの?って聞いたらジブリの世界じゃないんだからと率直な感想をいただいた。


「というか私そんなよわよわじゃないよ。昨日持ってもらったお米の袋より重いんだよ?当たり前だけど」
「いやでもあの時浮いてたじゃん……」
「えーと、足取られて転ぶくらいはするかもだけど、飛ばないんだって」
「そうなの……?いやでも引き寄せたときさあ、多分そんな強い力で引っ張ってねえのにすげー軽くこっち帰ってきてさあ、あこれダメだわ!ってなった。手繋いどかねえと危ねえわ!って」
「そ、そんなに貧弱だと思われている……?」


人並みだけどなあ……と悩んでるナマエは、ちょっとだけ思い当たるところがあったのか、あ、と閃いたときの声を出して、バイトの話だけどね、と話し始めた。


「お皿とか運ぶ時、重いやつは男の人に運んでもらってる。落としちゃうといけないから」
「偉いじゃん」
「これは自覚あるからよわよわって認めるけど、握力一桁だからねあたし。筋肉に自信はないよ」
「…………そんな人間いんの!?その歳で!?」
「あ、なんか失礼。手出して」


向かい合って握手する形になって、きゅっと手に力を込めるナマエは表情的に、多分渾身の力で俺の手を握っているんだと、思う。……ほんとに?マジで言ってる?真剣な顔でぷるぷる震えてるのに痛みを感じるどころか今手を繋がれてるなくらいでしかない。待って、もしかして今まで気を使っていたとかじゃなくてしっかり手ェ握ってこれだったの!?


赤ちゃんじゃんこんなの……と残された片手で口元を押さえてハワ……となっていると、ナマエも目を見開いて「言葉を失うほどに……?」とショックを受けている。これは確かに何も持てないかもしれない。というか持たせるわけにいかない。もし間違って爪先になんか落としたら足が折れる。バイトとかしてる場合じゃないよこんなの毎日が命の危機だよ。


「えっどうしよう、結婚する……?」
「何事?」
「いや、だめだろこれ。死んじゃうよ」
「勝手に殺さないでよ。今までも生きてたでしょ」
「いや、あの、俺が守るから」
「こんな流れでかっこいいこと言ってもだめだよ。というか結婚の決め手が貧弱は嫌だよわたし」


しゅーとくんがバグった……と困惑しながら離そうとするナマエの細い手を両手でぎゅっと握って、「俺が稼ぐからナマエは家で安全に過ごして……」と懇願する。死なないでって心からの願いなんだけど、いつかは死んじゃうかな……ってちょっと引き気味のナマエが言うから無理すぎて抱きしめて胸に顔を埋めた。


「ナマエ死なないでよォ…………!」
「えっうそでしょ。泣かないで秋人くん、まだ死んでないよ」
「泣いてない……けどまだって言うのやめて……泣いちゃう……」
「どうしろって言うのよ」


よしよしとあやされながら頭を撫でられるのが嬉しいんだかなんなんだかで唸ってたけど、「泣き虫さんが泣いちゃうから秋人くんよりは長生きしてあげる」って言葉に顔をあげる。


「ほんと……!?絶対だからな!?絶対めちゃくちゃ長生きしてな!?」
「ちゃんと看取ってあげるから安心してよね」


なんかまたしても間違えてる気がするけどナマエが長生きしてくれるならもうなんでもいい。よかったあとへにゃへにゃ頽れてたら、こんなところで私にプロポーズをさせるなとナマエにぺちんとおでこを叩かれた。やっぱり全然痛くなくて泣きそうになった。