ドン・ロレンツォとパーティを抜け出せ
俺は確かにパーティが好きとは言ったけど、こんな堅っ苦しいおっさんしかいねえパーティは好きじゃねぇよとスナッフィーに無言でアピールし続けて15分が経過した。
高級ホテルに高級な爺さん、高級な娘と高級な軽食。何もかもが高級なパーティにスナッフィーに渡された高級なジャケットとネクタイ着用のロレンツォは限りなく遠い目をしていた。横に綺麗に着飾ったナマエが居るからまだ大人しく立っているものの、今すぐにでも壇上の爺さんのありがたい話を背に彼女を抱えて帰りたい。人選ミスにも程がある。スナッフィーもそんなことはわかってるみたいで、少し離れた場所から手のひらをそっと俺に向けた。待て。そりゃそう言われりゃ待つしかねぇけど、あんまりにも手持ち無沙汰でしょうがねえからナマエの髪を触ろうとしたらセットしてるからだめ、と手を押さえられた。だぁ、やってらんねえ。
それでも同伴者にナマエを連れてこいと言われたのは正解だった。普段見れない着飾ったナマエはすげー綺麗で頬が緩む。深い紫のドレスは彼女のつやつやした髪によく似合っているし、高いヒールを履いてるからか、歩く時には必ず俺の腕に掴まっていて可愛い。小型犬みてぇだ。
それに、よく知らねぇ爺とその娘なのかなんなのか、チラチラ俺たちを見て諦めたのかほかの男を物色している。やっぱりスナッフィーの言うことは正しい。俺をこのパーティに連れてきたことだけは今世紀最大の間違いではあるけども。
主催かなんかの念仏みてぇな話は終わったらしく、落ち着いたざわめきと共に人が移動し始めた。やっと帰っていいのかと思ってもスナッフィーは高級なやつらに囲まれながらもまだ待てと仰っている。げんなりした俺と緊張した顔のナマエで作戦会議だ。どうする?まだ帰れねぇとさ。始まってまだ20分経ってないじゃないの。だぁ〜マジでこれ首締まる、OK?こら、だめよ、緩めないで。
ネクタイをめぐって小競り合いをしていたらグラスを持ったウェイターが完璧な笑顔を浮かべながらグラスを差し出してくる。
「軽食は窓側にございますので、ご自由にお取りくださいませ」
ありがとう、と負けず劣らず完璧な笑顔で答えるナマエを引き離したくてちょっと引きずりながら窓側に向かう。これ何個食べても腹一杯にならねぇんじゃねぇかなと不安になるサイズの料理が整然と並んでいた。なるほど、確かに軽食だ。
「だぁ〜、デザートあるじゃん。食べねぇとやってらんねぇよ、ナマエどれがいい?」
「まってまってそんなに盛るものじゃない。私が取るからロロは私のドリンク持ってて」
「OK〜♪」
「うわこのケーキちっちぇ〜。あ?やべ」
「お待ち、そのジャケット借り物でしょう。絶対溢しちゃダメよ。……まってもうだめそう。お皿まっすぐ持って、ああもう貸して!」
「じゃあナマエが食わしてくれよ、OK?」
「あー、仕方ないか……」
俺はナマエの分もドリンクを持って、ナマエは俺のデザートがてんこもりの皿を持つ。俺が口を開けて顔を寄せたらナマエがフォークを口に突っ込む。ナマエが喉が渇いたら2人で皿とドリンクを交換する。マナーも何もあったもんじゃない二人羽織作戦でなんとか服を汚さないようにしてたら遠くでスナッフィーが微笑んでいるのが見えた。俺たちすげえがんばってんだぜスナッフィー、はやく解放してくれよ。
この惨状を見ながらも寄ってきた知らないおっさんたちをあしらいながら他所に興味津々のナマエの肩を抱き寄せる。よろめいた彼女が何か言った気がするけど耳に入るのは爺の声だけだ。身長差が憎い。もっと高いヒール履いてくれねえかなと思ったけど、脳裏にサーカスみたいになっちまってるナマエを思い浮かべてにやにやしてたら本人に腰を小突かれた。うるうるした唇が「ま、え、む、け」と動くから嫌々目の前のおっさんに向き直るけど1人で元気に喋ってるまま気付いちゃいねえ。声だけはずっと耳に入っているのに結局こいつ誰なんだ。
見るからに聞いてんのか聞いてねぇのか微妙な俺を尻目に名前も知らねえおっさんが急にナマエに話を振るから、やっぱり俺はエスプレッソ50杯飲んだみたいな顔でスナッフィーに助けを求めることになる。やっぱ失敗だってスナッフィー!ナマエもお愛想しなくていいってのに、ニコニコ笑って会話してるから胸の辺りがぐ、と重く詰まる感じがする。そんな可愛い顔見せてやる必要ねぇのに。今にもナマエを抱き上げて立ち去りたいけどグラスが邪魔でどうにもならねえ。ただでさえ低い気分が地面を突き破りそうになったところに「お待たせ」と聞き慣れた声が聞こえた。そのままあれよあれよと壁際に2人して連れていかれ、神様仏様スナッフィー様……!とやっと彼女の声が聞こえる。確かに助かった。けどそもそもスナッフィーがここに俺たちを連れてきたんだぜ?OK?
「おつかれ、だいぶ頑張ってたじゃん」
「だぁ〜〜〜マジでなんで連れてきたんだよスナッフィー、どう見ても俺たちには向いてねぇよ」
「突然こんな上流階級に放り込まれても私たちどうしていいのかわかんないですよ」
「へはは、そりゃそうだ。でも一回こういう場でパートナーをお披露目しといたら、今後面倒な話がだいぶ減るからね」
「もう御免だぜ、OK?」
「まあ一度やれば十分じゃねぇかなぁ。よっぽどひどい別れ方して世間の話題になるとさ、ダメかもしんねぇけど」
別れる予定ある?とかいうスナッフィーの爆弾じみた質問にふるふると首を振るナマエを見て深く息を吐く。心臓が止まるかと思った。一瞬でイヤな汗かいたしこんなところでそんな質問しないでくれよ。というかそういうのは俺のいない所で確認することじゃねぇのかよとじと……とした目でスナッフィーを見るけど微笑ましいものを見る目で返されるから座りが悪い。
「それじゃおふたりさんにご褒美。ここの上に部屋とってあるけど使う?」
俺たちは顔を見合わせて、すぐに「使う」と即答して、だと思ったと笑うスナッフィーからカードキーを受け取った。この一瞬でナマエの顔から読み取れたのは疲れた!窮屈!高級なホテル泊まってみたい!だった。わくわくした顔のナマエを連れてスナッフィーに感謝しつつ、出口付近のウェイターにグラスと皿を任せて会場を脱出。見渡してエレベーターを探す。ナマエの歩幅がちょこまかしててこっちまで転びそうだ。
エレベーターに入ってすぐにネクタイをゆるめて、ナマエを横抱きにしてするりとヒールを脱がせる。白い足首が赤くなっていて痛々しい。あらら、痛そ〜、と眉を顰めながら呟くと気付いてたの?と不思議そうな顔をされる。普段と重心の掛け方違ったろ、と言ったらなんで気付くのよと微妙な顔された。いや見てたら気付くだろ、OK?
エレベーターの扉が開き、俺も窮屈な革靴を脱いで、片手にナマエ、片手に2人の靴をひっかけてソックスでフワフワした薄暗い廊下を歩いていく。バロちゃんが見たら悲鳴をあげそうだなァと思っていたら、ナマエも「馬狼くんが怒りそう」とけらけら笑っていた。馬狼くんはロレンツォの恋人になれないね、と笑う女にそりゃあそうだろとこっちも笑って返す。想像しなくてもわかる、天地がひっくり返ったって無理だ。
「なあ、ルームサービス頼んでやろうぜ。あんなんじゃ食べた気しねぇよ、スナッフィーが出してくれるだろ」
「本当?なら思いっきり楽しくやらなきゃ。パーティ2回戦目開幕よ!」
「だぁ〜天才じゃん?派手にやろうぜ♪」
裸足ではしゃぐ俺たちはお目当ての扉に辿り着くと、俺の胸ポケットに入っていたルームキーをナマエがすっと抜いて鍵を開ける。重い扉をぐっと蹴り開けて、部屋に入るなり邪魔な靴を放り投げる。部屋広!とはしゃぐナマエはバスローブを見つけるなり着替えてくる!とバスルームに走っていき、その間に俺は部屋中引っ掻きまわしてルームサービスのメニュー表を探し出す。適当にあれこれ頼んだけど酒は何がいいのかわかんなかったからとりあえず高いやつを頼んでおいた。さっきのも高かったんだろうがろくに味しなかったしな。
スマホで適当なプレイリストを再生して、ナマエがハンガーに俺のジャケットを掛けてるのを巨大なベッドから眺める。丁度ナマエお気に入りの曲だったからちょっとステップ踏んでてカワイイ。片付け終わったナマエがつかれた!と飛び込んできたからお疲れと額にキスをする。曲が3つほど変わったころにドアをノックする音が聞こえたから出ようとするナマエをベッドに引き止めてドアを開けた。自分の格好がバスローブなこと忘れてんじゃねーの?食事の乗ったワゴンを部屋に入れて、行儀もマナーもお構いなしにベッドの上で乾杯した。
「だぁ〜、俺まじでナマエと付き合ってよかったわ」
「なあに?突然」
「きっちりしてんのも悪ノリもついてきてくれるナマエが一番ってこと。OK?」
「あら嬉しい。まあ今日の顔見せで世間公認ってことみたいだし?よろしくね、ダーリン」
「だぁー……、マジで、愛してるぜハニー。ずっと隣にいてくれよ、もう逃してやれねぇからな」
「どうしたの?そんな顔しなくたって逃げないわ。……あ、あのいじわるな質問でも思い出したの?別れないわよ。それとも他に弱音があるなら今だけ聞いてあげるけど?」
「…………俺みてぇな男に愛されて、可哀想に」
「ふうん?熱烈な告白じゃない。こちらこそ、愛された分以上に愛してあげる。だから笑って、パーティはこれからよ」
そのまま始まった2人きりの祝祭に心を奪われていたから、すぐに送られてきていたスナッフィーからの「部屋で何かした分は自腹だからね」のメッセージを見逃して次の日大変なことになるけど、まあ、それも俺たちらしいということで。