オリヴァ・愛空と凪系女子


 

練習終わりにスーパーの袋を提げて、自宅とは違う方向に歩き出す。数時間前に送った何か足りないものあるかのメッセージには返信がないままだ。
一駅ほど離れたマンションに入り、合鍵でエントランスを開ける。エレベーターの階数を押し、手慣れた様子で部屋のドアを開けた。


「ナマエー?飯食ってるかー?」
「食べてない!」
「元気に答えんなよ」


片付けがめんどくさいからと必要最低限のものしかない殺風景な家で、ベッドの上で丸くなっている女はこっちも向かずに手だけでピースを寄越した。薄暗い部屋でスマホ見んなって言ってんだろ。てかスマホ見てんならLINE返せ。
電気くらいつけろよ、と小言を言ったらアレクサ電気つけて、と唱えて怠惰の極みを見せつけてくれた。こいついよいよベッドから一歩も動かないで生活を完結させようとしている。


高校の時に仲良くなったナマエは極度の面倒くさがりで、たまたま俺の入るチームとこいつの行く大学が同じ地域だった、というのが大きいけれど高校を卒業しても交流がある。というか、月に2、3回わざわざ料理を作りにきている。この女、放っておいてコンビニ飯を食べるならいい方で、こいつが大学に入ってすぐの頃に「お腹空いたら寝たらいいんだよ。起きたら忘れてるし」とかいうあり得ない言葉を発したので俺が定期的に面倒を見るに至っている。いくらなんでも友人の葬式に出るには早すぎる。


「愛空ってうちのお母さんよりお母さんみたい。ママなの?」
「ママじゃねぇよ。お前が自立しなさすぎなだけ」
「んん、べつにひとりでも生きていけるよ。お腹空きすぎたらなんか食べるし。サプリあるし」
「食事で栄養摂ってくれ頼むから」
「毎日ご飯食べなきゃいけないのめんどくさくない?水だけで生きていけたらいいのに」
「植物かよ」


勝手知ったるキッチンで冷蔵庫に食材を放り込んでいく。前に買っていたそろそろ賞味期限切れそうなものを確認して、今日は炒飯と野菜スープでいいか。さっきまでだらだらと寝転がっていたナマエが背中に張り付いて「今日は何つくってくれるの?」とにこにこ聞いてくる。こういうところは可愛いのに、残念なやつ。「食べんのめんどくせぇんじゃねぇの?」と聞くと「人と食べるのは好きだよ?ひとりでいると優先順位が低いだけ」とか屁理屈が返ってくるからいいから食べろとデコピンしておいた。


「お前俺が来なくなったらどーすんの」
「んー、ちょっとさみしい。でもまあ、しゃーないかなと思う」
「諦めんなよ」
「高校卒業と共に付き合いおわりだと思ってたからなあ。今もラッキーって感じだし」


炒飯を頬張ってハムスターみたいになっているのを見ながら、こういう距離感がなんか新鮮でよかったんだよな、と出会った頃を思い出す。日本人の中では少し浮く風貌をしている自覚はあるし、高校でもそれは同じだったけどこの女はなにも気にせず自然体のままだった。今から思うと多分特別反応するのも面倒だったんだと思う。でも、そんなところが居心地よくて、恋人はころころ変わっても1番長く一緒にいるのはナマエだった。
ナマエ自体も中身がバレていなければミステリアスとも言える美人だし、性格が性格だからそんなに人付き合いする方でもなく、1番長く隣にいたのは俺だったと思う。懐かない猫が俺にだけ懐いたじゃないけれど、なんとなく優越感。そういう感じ。


「愛空」
「なに」
「どっか遠くに行く時はちゃんと言ってね。起きてたら応援するから」
「お前ん家テレビねえじゃん」
「その時に買う。記念として」
「今も試合中継されてるだろ。買えよ」
「今は本人居るからいらなーい」
「あ、そ」



その日はスーパーの他にケーキ屋に寄っていつものマンションに向かっていた。今日はナマエの誕生日、多分本人は変わらずごろごろしているだろうけど。


マンションにいつも通り入ろうとしたら、エントランスで女が2人言い合いをしていてそっと生垣に身を潜める。悲しいことに見慣れた光景ではあるけれど巻き込まれたくはない。
よく見ると、言い合いというには激昂しているのは1人だけだ。争いの末にキレた女の右手が振り抜かれて、うわ痛いよなーと思っていたら頬を赤くしたその女は今頃部屋でごろごろしてるはずのナマエで、走り去っていったのは、は?あれ最近別れた元カノじゃねえの?ナマエに駆け寄るけど目の近くを掠めたのか目を瞑ったまま俯いていて気付いていない。


「おい、大丈夫か」
「あ、はい、大丈夫です。慣れてるんで。……ってうわマジか、愛空じゃん。ごめん、気にしないで」
「慣れてるって何」
「あう、ミスった。えーと、……黙秘権アリ?」
「ナシ。早く」

ナマエがしぶしぶ口を開いたことには、高校の頃から俺の彼女や元彼女たちからたまにこういったことがあったらしい。今回も、元彼女に部屋に入っていくところを見られてこういったことになったようで。

「なんで言わなかったんだよ」
「いやあ、だって、このくらいのことで数少ない友人を失くすのもなあ、って」
「言ってくれりゃあちゃんと対応したのに」
「仲が良すぎて君の恋人に嫌われてるけど私が君と一緒にいたいから断りましたって?言えないでしょそんなの」
「歴代恋人とナマエどっちが大切ってナマエだけど」
「そんなわけなくない?普通にダメだよそれは」


部屋に着いて、ケーキの箱の中から保冷剤を取り出して赤くなった頬に当てる。つめた、と悲鳴をあげるナマエにごめんと言うけど謝んないでよと困った顔をされて沈黙が降りる。あーあ、バレたくなかったな、と悲しげに言うナマエは全部諦めたような顔をしていて、なんか、俺がもう会わないと思ってる気がする。俺はナマエとの関係の方が大事ってさっき言ったのに。信用されてねえな、これ。


「一緒に住むか」
「え、なんで」
「家アイツに知られてんの嫌だろ?もっとエスカレートしても困るし。それに一緒に住めばわざわざ飯作りにこなくていいし」
「ええ……?なに、ルームシェアということ?」
「ルームシェアでも同棲でも何でもいい。とりあえず引越しだな。まあ荷物少ないからすぐ終わるだろ」
「いや、まって、さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ないと思う気持ちはあるよ」
「俺のせいでこうなったし、お詫びってことにしといてくれねえ?それとも俺が恋人は嫌?」
「うー、……ん?愛空が恋人になるの??」
「恋人と女友達なら恋人の方が優先されるべきなんだろ?俺はナマエと一緒にいたいからこう言ってる。嫌なら嫌って言って?すっぱり離れるから」
「え、やだ、それは嫌」
「なら決まり。お前に面倒なことはさせねぇから安心しといて」


うん、……うん?と考えはじめたナマエにいいから食べなと皿に乗せたケーキを渡す。そう、なんでケーキ持ってんの?ってずっと思ってたんだよね。なんかあった?とか言うからやっぱりこいつ自分の誕生日忘れてる。お前の誕生日だろ、と言うとのろのろスマホを見てほんとじゃん!と目を見開いているから、よし、誤魔化し成功。
どう見てもいいように丸め込んだけれど、落ち着くところに落ち着いたならそれでもいいだろうと思う。ナマエは俺を諦められると言ってたけれど、残念なことに俺はナマエを諦められないし。

「愛空のケーキ半分ちょうだい、私のもあげる」
「いーよ、どっちも好きだと思ったんだよな」
「ご理解いただいてるじゃん」

お互いに渡す方のケーキをちょっと大きめに分けてるのを見て笑い合う。こうして人生を半分こして生きていくのだ、俺たちは。