セバスチャン・サロウと仕切り直す


 


私は王子様を殺せる。
幼い頃にはじめて絵本を読んだ時、泡になって消えていくお姫さまのことが理解できなかった。母親は悲しいけれどロマンチックよねなんて言っていたけど、幼い私はそんなのロマンチックでもなんでもないとしか思わなかった。その考えは今でも変わってない。


それに、魔法学校から突然手紙が届いて5年生で転入するなんてことになるなんて。物語より現実の方がよっぽどロマンチックだ。入学前にドラゴンに襲われたり、ゴブリンに襲われたり、トロールに襲われたり、いくらなんでもファンタジーが過ぎる部分もあるけれど。
入学してすぐ喋る帽子にスリザリン!って叫ばれて、いろんな人に親切にしてもらってなんとか授業にもついていけてるし、同じ学年の子たちとも仲良くやっている。


その中でも同じ寮で妹を助けるために手掛かりを求めて奔走してるセバスチャンと、課題やいろんな人のお手伝いで走り回っている私はわりと一緒に行動することが多かった。いくつも秘密を共有してきた私たちは、何も知らない人から見たら恋人同士と思われるくらいの距離感でやってきてると思ってる。付き合ってるの?と聞かれたことも一度や二度じゃない。まあいつもにっこり笑って誤魔化してるけど。別に、2人ともはっきりと言葉にしたことがないだけだし。



セバスチャンと学校の外で会うときはいつも夜な気がする。草木も眠る時間に外を彷徨いてるのは罰を恐れない不良生徒と罪を恐れない悪人だけだ。
今日の夜はもしかしたら手がかりがあるかもと言われた地下墓地デート。私がここ数ヶ月でゴーストや亡者を見慣れてなかったら絶対に夜に行きたくない場所だった。肝試しにも程がある。今はどちらかというと大きい蜘蛛の方が怖いけど。
いくつかパズルはあったけど、結局収穫はほとんどなかった。そろそろ帰ろうかと思った時、私たちしか居ないのに足音が聞こえた気がして立ち止まる。もしかしてセバスチャンの悪戯?横目で見たら、いや、ちょっと顔がこわばってる。
嫌な予感がしたからちょっとだけセバスチャンの方に近付いたら、注意深く辺りに目を向けながら手を引き寄せて背中に隠してくれる。くそ、こんな時でも頼りがいがある。


物音が近くなってきて、犬の足音と何人かの声が聞こえるようになってきた。最悪なことにアッシュワインダーたちと探索場所が被ったらしい。最初は2人とかだったのに、気付けば人が増えててここを新しい根城にしようかなんて言ってる。そんなのせめて私たちが出て行った後にしてほしい。
とは言っても魔犬がその辺を嗅ぎ回ってて面倒だし、周囲に隠れられるものが全然無かったわたしたちは唯一あった石の棺桶に隠れてしまったからこっそり出るに出れやしない。しかも、セバスチャンが上から私をすっぽり覆い隠すおまけ付きで。外も見えないし動けもしないし何よりとっても恥ずかしい。少しの時間しか経ってないはずなのに永遠にこの中にいる気持ちになってくる。


「ねえセバスチャン、重いわ」
「スペースがあまり無くてね、なるべく頑張ってはいるんだが……。おい、あんまり動くなって」
「誰かさんがローブを踏んじゃってるのよ……。ちょっと足を動かせない?」
「わかった、わかったから大人しくしてくれ。ほら、これで大丈夫だろ?」


ただでさえ近いのにさらに密着されて顔が熱くなる。お願いだから耳元でこそこそ喋らないでほしい。セバスチャンの胸元に顔を隠して、落ち着こうと思って息を吸っても彼の匂いばかりで逃げ場がない。ああもう、私ばっかり照れてるみたいで面白くない!実は彼も緊張してることくらい心臓の音でわかってるのに!やられっぱなしは性に合わないから、平静を総動員してなんでもない顔でセバスチャンの胸に頬擦りしながら口を開く。照れでちょっぴり表情がとろけてる気がするけど、もうそんなこと気にしていられない。


「ふふ、セバスチャンの匂いがする。私この匂い好きよ、落ち着くの。あっ、ちょっと、頭を押さえないで」
「僕の匂いが好きならそのままでもいいんじゃないのか?……おい、無理にこっち見なくていいから」
「……!あは、顔赤いわよお兄さん」
「誰かさんがこんな状況でふにゃふにゃしてるのが悪いんじゃないか」


魔犬がひとしきり周りを嗅ぎ回って、ご主人様のところに戻っていくのを確認してセバスチャンがそっと棺の蓋をずらす。目眩し術をかけて、そのままこそこそと様子を伺うと、「ダメだ、また人が増えてる」ああもう最悪。


「ここでじっと待っていても人が減ることはなさそうだな……。よし、いいか?僕が騒ぎを起こすから、君はさっさとこの墓地から脱出するんだ」
「はあ?ちょっと、いくらなんでも無謀すぎるわ。魔犬もいるし、囲まれたらどうするのよ」
「僕なら大丈夫さ。それにこんなところに付き合わせてる身でいうのもなんだけど、あんまり君に危ない目にあってほしくないんだ。何があっても君は絶対に僕が守るから」

そんなかっこいいこと言われたって誤魔化されないんだから、と思っても彼の真剣な目を前にしたら声を失ったみたいに全然言葉が出てこない。
でも、どれだけ危険だからって言っても私だって戦えるのに。それなのに彼は私のことを初めて陸に上がるお姫さまみたいに抱き上げて、歩き方を知らない私を置いて行こうとする。ねえ、ちょっと。ああもう!ふざけないでよ!
私は王子様を殺せる。でも、姫を庇って王子様が1人傷つくのは、そんなの全然ハッピーじゃない。
いじわるな魔女の契約はない。それにどちらかが死ねば片方は助かるみたいな物語の二者択一で生きてない。私を絶対に守るって彼はそう言った、だったら多少怪我したって何したって私は負けたりなんかしない。目の前で好きな人に怪我される方が傷付くわ、なんて彼も同じ考えなんでしょう。
杖を握りしめて二本の足で彼を追い抜いて、早い者勝ちよ!って叫んでコンフリンゴを放つ。爆風で彼とお揃いの緑のローブがばたばたと翻るので笑ってしまった。だって、こんなに強欲で野心たっぷりなの。組み分け帽子が少しも迷わなかった訳がわかったわ。


結局、突然現れた学生と盛大な爆音にパニックになってるやつらに思いっきり爆発樽をプレゼントして、ついでに驚いて出てきた蜘蛛や亡者を片付けて。立ってるのが私たち2人だけになった時にはもうへとへとで、よろよろ支え合いながらなんとか墓地から出たら夜が明けてて、なんだかもう一周まわって笑えてきた。

「ふふ、ははは!もう、転入生はこれだから!僕は逃げろって言ったんだ!1人でどっちが多く倒せるかの勝負を始めるなよ!」
「あはははは!あの時のセバスチャンのはあ!?って声サイコーだった!それにあのアッシュワインダー、思いっきり怯えちゃって!完全に私たちのことゴーストだと思ってたわよ。ひひ、ほんと面白かった!」

朝日を浴びる私たちは2人とも埃まみれでどろどろで蜘蛛の巣だってひっついてるけど、岩壁に寄りかかりながら私たちはずっとけらけら笑ってた。
少し経って笑い疲れて、お互いにもたれかかりながらセバスチャンが私の手をそっと握る。
「でも、僕があの中で言ったことは本気だぜ。君には傷ついてほしくないんだ。君のことは失えない」
「私だってそうよ。私たち、似たもの同士みたいね?」
あの時の貴方王子様みたいだったわよって冗談めかして伝えたら、君って意外とロマンチストだったんだなって笑いながら彼は私の煤だらけの手の甲にキスをした。

「なあ転入生、仕切り直そう。流石に雰囲気もくそもなさすぎる。ホグワーツに帰って、着替えて、とりあえず出られるようになったら地下聖堂に来てほしい。そこで話の続きをしよう」

とうとう観念した私たちは"仲のいい友人"から名前を変えることに決めたけれど、結局何にも変わらないのかもしれない。でも、これでずっと彼のそばにいる大義名分は得られたって思ってる。

私は王子様を殺せる。でも子供の時一番に思ったのは、姫も王子も死にたくも、死なせたくもないってだけ。私が本当に望んだ物語は「人魚姫と王子様は、その後末長く幸せに暮らしましたとさ」だ。たとえ彼がひとりでどこかに行こうとしたって、絶対に離れてなんかやらない。似た者同士の私たちがずっと笑っていられるように、今はただそれを願うだけだ。