セバスチャン・サロウと共依存*


 

祈り先を持たない僕が祈るかみさまの姿は彼に似ている。


人気の無い夜、宛てもなくふらふらと外を歩く僕をアッシュワインダーたちが見咎めるのを他人事のように目に映していた。朽ち果てた城跡の奥に連れ込まれながら、擦り切れるほど繰り返した過去の記憶を思い返す。


僕はこの道に進んでもダメなら帰ってこられると思ってた。引き返せば今まで生きてきた世界にもちろん戻れるものだと思っていた。みんなが暮らすいつも通りのホグワーツに。でも違った。帰り道なんかなかった。僕たちが進んできたはずの道は振り返ったらどこにもなかった。深く暗い穴に落ちて、もう二度と元居た地平には帰れない。そしてもうここは僕の知ってる世界じゃない。


僕は選択した。そして元の世界から訣別した。選択のし直しは出来ない、だから受け入れるしかなかった。そういう話だ。どんなに悔い改めて帰ろうとしたって引き返す道はどこにもなくて、しでかした事の代償だけはどこにいったって払いつづけなければならない。


せめて彼だけなら戻れたのかもしれない。だって、あの時僕が顧みず走っていくのを彼は着いてきてくれていただけだから。でも愚かな僕はこの期に及んで彼の手を離せない。もう帰る場所なんてない。僕は彼の元にしか居られない。僕らの行先が終わりのない闇の中だとしても、彼に手を引かれて向かうのなら最高の道だと歓喜しそうになる。ああ、愛おしい僕の妹、僕の親友。もう何年も会ってない。これから先生きて会えるとも思わない。二人ともずっと心配してくれていた、戻れるものなら戻って抱きしめたいとすら思う。



「インペリオ」



だけどもうとっくにそういう話ではないんだ。



「迎えにきたよ、セバスチャン」



待ち焦がれた声が聞こえて、僕の髪を掴んでいた男の目から意識が消える。自我を奪われた男が杖を振り、彼が嘗て仲間と呼んだ人々の血や脳漿が壁に飛び散っては松明の炎をゆらめかせた。最奥へとゆったりとソールを響かせる男は立ちはだかる決闘者に碌に目をやることもなく服従を求める。自身の手で首と胴を分かつこととなった男は、薄汚れそれでもまだ白に近かったはずのシャツを彼らの記憶と思い出、彼を構成していたすべてのもので赤黒く染めていった。



悲鳴や怒号がひとつひとつ少なくなる。舞台の上を歩くように靴音が鳴り、あの頃と何ら変わりない声が僕の鼓膜を震わせる。


「敬虔な人は曲がり角を曲がるたびにどうか運命にぶつかりませんようにって祈るけど、お前たちみたいなやつらは何も見ずに曲がり角を曲がって、それで僕にぶつかるんだ。でも、どっちを選んだってなにも変わりはしないんだよ。君たちにはきっとわからないんだろうけど」


嘲るような、擽るような声に安堵にも似た幸福が背筋を這い上がり、僕はうわずった息を犬のように繰り返す。頬を撫でる彼の造りの良い指が存外に人間みたく温いから離しがたくて縋るように顔を寄せる。僕を愛していると存分に知らしめる瞳が弓引くように微笑んだ。

決して逃げられない苦痛と見つけてくれたことへの安堵がごちゃ混ぜになって僕を苛み、特等席で幕開く悪夢に嗚咽する。斯くして今日も彼の手によってあの日の悪夢が繰り返される。僕が決定的に誤った瞬間。二度と戻れぬ世界の最後のページ。そうして僕は最早数えることを諦めた、繰り返される自傷行為の果てを見る。



「アバダケダブラ」



嘗て肉親の生命をその手で奪い捨てた閃緑が跪く男を躊躇うことなく死に送る。同胞を遍く手にかけた男は、最期まで彼の足に追い縋るように倒れ込んだ。端正な眉を顰めた男が杖を一振りすると、ネクタイを浮遊させられた男はそのまま絞首刑の様相で枯れ木にぶら下がる果実と成る。慈悲深いかみさまは誰も救わない。でも、僕は何度でもごめんなさいと呟くけど、こうして懺悔室を用意するのはいつも彼だった。彼からの愛情がなければ僕はもうとっくに闇の中で掻き消えてしまっていたと思う。僕の存在を証明する彼、僕の罪を忘れさせない彼、これが愛でなくなんと言うのだろう。



「帰ろうか、僕のセバスチャン」



いつも僕だけを見ていてくれる、僕を裁く僕だけの神様。



「君は本当に悪い子だね?」