岡田以蔵と馴れ合い*


 

*ライズオブローニン 現パロ


「雨だ。雨が降っていた」
「なんじゃ急に」
「お前を殺した時の話だ」
「おまんもしかして今まで思い出しとらんかったんか」


幽霊になりそこなったみたいな顔色の男がビールジョッキ片手に突然言う。食べ放題の焼肉屋に入って第一陣のオーダーが到着し、網の上でじゅうじゅうと音を立てては香ばしく焼き上がる肉の所有権を巡る壮絶な争いがひとまず落ち着いた時の話だった。


「そうか、なるほどな。いい時代になったものだ」
「もうちっくとタイミングってもんを考えや」
「そう言われてもな、俺にどうこうできるものでもないだろう」


突拍子もなく前世の話を始めたかと思えば片手間にメニューを選び出す男が以蔵にタッチパネルを手渡す。ビールとハラミが5人前頼まれたそれにシンプルにマジかコイツと思いつつもレモンサワーとカルビを3人前追加し注文を済ませた。たとえ幕末に人斬りをやっていた過去を思い出したとかいうわけのわからない状況であっても食べ放題が始まったからには最中に飲食を止めることなど決して許されない。幕末の人斬り志士たちも今や立派な金欠学生である。


それにしても目の前で信じられない速度で肉と白米を頬張る無愛想な男は、自分が目の前の友人を殺したという過去を思い出したとは思えないほどの堂々たる食べっぷりであった。殺し殺されの関係だったことに気付いてはいても変わらずの居心地の良さでよくつるんでいる自分が言えたことでもないが、これでも前世を思い出した時はそれなりにダメージを受けたものだ。

早々に違和感に気付いた龍馬による凄まじいまでのカウンセリングとメンタルケアで持ち直したものの、自分がかつて救いようのない人斬りだったことへの澱みは時折心の隅で首をもたげる。それゆえ確実に同類だったと言い切れるこの男にも流石にもう少し動じろよ、と思う。とはいえ、この朴念仁に期待するだけ意味がないということを以蔵は数百年も前から知っている。


龍馬と共に東京の大学に進学してこの男を見つけた時だってそうだ。周囲が引くほどでかい声をあげた後に獣か何かかと見紛う速度でまとわりついた龍馬をものともせずに、ついぞ変わらぬ無口無表情であしらうその姿からてっきりこいつも記憶があるものだと思っていたというのに。


「じゃあなんじゃ、龍馬さんのことも今思い出したがか」
「ああ、だからあいつあの時あんなにはしゃいでいたんだな」
「今までなんや思うちょったがや……」
「人懐こい元気なやつだなと思っていた」


完全に犬扱いである。まあ、龍馬が強制的に2人を連れて入ったサークルの新歓コンパにて無類の人懐こさで無双していたことを思うと以蔵も同じ感想になる。あの頃と違って龍馬に気後れするようなこともないが、あの振る舞いに着いていけるとは思わない。というよりあのサークルにだいぶ見慣れた面々が居たものだがこの男は気づいてなかったのか。大学生御用達の安居酒屋で相変わらずの酒乱を披露し出禁を宣言されていたあの男とか、隠し刀を見て箸を取り落とし呆然と固まったあの男とか。


言いたいことは色々あるが、まあ、ある意味丁度いいところで思い出してくれたとも言える。別にこの男に殺されたこと自体に悪感情はない。どうせ死ぬ身なら拷問にあって処刑されるよりよっぽどマシなアガリを引いたとも思う。ただ、使えるものはなんでも使わせてもらう。言ってしまえば、食べるものがその辺にあったあの時代とは貨幣の価値が違うもので。


「そいじゃあ、殺した詫びとして今回はおまんが払いや」
「はあ?元はと言えば以蔵が斬りかかってくるからだろう。俺と龍馬は被害者だぞ」
「ゆうてもおまんらはあの後もええモン食べたり飲んだりしちょったんやろ?わしはろくに食べられんかったきなあ」


なんせ早うに死んでしもうたし、と畳み掛けると目を泳がせて何も言えなくなった男は無言で両手を挙げて降参の意を表明する。以蔵はニヤリと笑って届いたばかりのレモンサワーを一気飲みしてタッチパネルを手に取った。遠い昔隠し刀と呼ばれていた男は飲み放題も付けるんだったと後悔した。




2人の腹が満ち1人の財布が軽くなった帰路。あ、と間の抜けた声をあげる財布の軽い男を見やると、隠し刀は今ならアンニュイとも表されるのであろう表情で「そういえば昨日から電気が止まってるんだった」と顔に似合わぬひどく情けない言葉を発した。


「何しゆうがじゃ。はよう払いや」
「元々払い忘れただけだったんだが、さっきので少なくとも今月の分は無くなった。だから以蔵の家に泊まる」
「なにが"だから"じゃ。自分でどうにかしいや」
「前に以蔵が水道止めた時は泊めてやったろ。お前の家に忘れてった服もいくつかあるし」


というか水道止まるのは中々だぞという揶揄に払い忘れただけじゃと応戦しながら同じ穴の貉2匹でだらだら夜道を歩く。どれだけバイトしたって飲みや遊びで金などすぐに飛んでいくのだ。なにしろ2人とも人間一年生と言っていい、過去を思い出した今なら尚更。


「だめなら高杉の家にでも行こうかな。あいつなら部屋の一つや二つ余ってるだろう」
「やめとき。いよいよ囲われるき」
「そんなことあるか?」
「あーもう、泊めちゃるき。わしの言うこと聞いちょけ」


現世でも変わらず実家が太い高杉はおよそ学生が住むような所ではないマンションに住んでいる。この状況では渡りに船だとさえ思えるが、誰かを囲うための部屋があるとおよそ冗談ともとれないテンションで酒の席で暴露していた姿を遠目に見て肝が冷えたのは数ヶ月前。あの時あからさまに意味深な視線を向けられていたにも関わらず、我関せずとひたすらつくねを頬張っていた男だ。記憶を取り戻したとて己のことだと気づくとも思えない。以蔵とてこのご時世に友人が消息不明になるのは御免である。



暫く以蔵のアパートに向かって歩いていたが、以蔵は煙草、隠し刀は泊まるに当たって必要なものを求めてコンビニに立ち寄る。入った瞬間の気怠い店員の声と眩しすぎる蛍光灯に目を細め、同じように目を細めている男を見て吹き出すようにして以蔵は笑った。この男とこれだけの光の元に居ることが今更ながら信じられない気持ちだった。



勝手知ったると言わんばかりにひょいひょいと何本かの酒と水とコンドームを流れるようにカゴに放り込んだ男は他にいるものあるか?と以蔵に問う。紛れ込んだ異物に今から風俗でも行くつもりかと怪訝を表明すると、不思議そうに首を傾げる男は、その格好で暫く静止した後、ああ、以蔵は死んでたからなと合点したように何度か頷いた。


「あの後付き合いで寝ることはあっても誰と契るでもない。以蔵だけだったよ」


あの時俺が好きだったのは、と何でもないような口ぶりで降ってきた爆弾に開いた口が塞がらない。およそ前世の話だろうと、そこから連鎖して遠いいつかの一夜の過ちが思い出されて身体が信じられないくらい熱い。だからなんだと一言言いたいだけなのに、口と頭が上手く回らないのはアルコールのせいだけじゃない。


「……それを聞いてどうしろ言うがよ」


顔を真っ赤にして口を開けたり閉じたりする以蔵を見て、もう一度首を捻ってしばし考えた男はカゴに放り込んだコンドームの箱を持って「……要らないか?あの時はなかったしな」と少し目を輝かせながら言う。


「そういうことやない!ああもう、戻すな!要る!話は後や、早う買え!」


当然、深夜のコンビニの店内で男2人がもぞもぞ避妊具片手に口論している光景に先に耐えられなくなったのは以蔵だった。刀もいくら現代の世に生まれ直したとはいえ、その辺りの感性が死んでいるのは変わらぬらしい。


久方ぶりに昔のように人目を避けてこそこそ駐車場に出た以蔵は苛立ち混じりに草臥れたパーカーから煙草を取り出そうとしたが、指先が何にも掠らないのを感じて舌打ちをする。元々の目的も吹っ飛ぶ事案の数々に今更のこのこ戻れるものか、このコンビニ最寄りなのにどうしてくれふと頭を抱える以蔵に自動ドアから出てきた男が放る様に小箱を寄越す。見慣れた銘柄に思わず顔を向けると「買いそびれてたろう」と自分の煙草に火をつけながら何事もないように言う。そういうところだ、本当に。


「……ほんまは、金持っちゅーがじゃろ」
「……払い忘れてるのは本当だ。まだ点くが」


しれっと言い放つ男に言い返す言葉もなくため息をつく。「帰ったほうがいいか?」という言葉に無言で首を振ると、男はほんの少しだけ目を細めた。昔は絶対に見せなかった、愛おしいと思っていると誰が見てもわかるような表情で、かつての刀は笑った。

その表情が自分に向けられているというのがどうしようもなく小っ恥ずかしくて以蔵はガシガシと白い髪を掻く。夜風がやけに涼しく感じて落ち着かない。なんでわしなんや、と咥えた煙草のせいだけではない歯切れの悪さでもごもごと呟くと、あの頃より格段にわかりやすくなった男は「以蔵から手を出したんだろう?」と赤い耳を撫で嬉しそうに喉を鳴らした。