旦那兼軍師である荀攸と、次の戦に向けて戦略を立てている最中のこと。戦力ではこちらが勝っているものの、複雑な地形も相まって楽勝とはいかないだろうと感じさせる様相だった。一兵士だった頃は特に難しく考えることもなかったけれど、一国の王となってからはとかく考えることが山積みだ。お互いに惹かれあって結婚した旦那が頭の回る人間だったというのは本当にありがたいことだと思う。誰しも自らの国の民を無駄に死なせはしたくないものだ。
2人とも地図と首っ引きになりああでもないこうでもないと議論を交わす中、どうにも行き詰まって唸り声を上げながら天井を仰ぐ。なかなかこれだ!という案が出てこないのもそうだが、朝からぶっ続けで思索に耽っていたものだからそろそろ集中力も限界だ。日差しは既に頂点を超えて、影は小さくまとまっている。成果は別としても、結構頑張った方ではないだろうか。
一度我にかえると、お腹が静かに空腹を告げる。ああ、そういえばまだお昼ご飯を食べてない。秘密厳守を信条とする旦那さまが、立策している最中には緊急時以外立ち入らないように、と厳命してあるのが仇になった。
炊事場に何か残っていないか聞いてみよう。凝り固まった身体を伸ばしながら「お腹すいちゃった」と呟くと、地図と向き合って思索に固まったままの荀攸のお腹がきゅうと鳴った。妙な返答と気まずげな旦那さまの顔が並んで、さすがに笑いを堪えられない。
「……おなかすいたね?」
「…………ええ、そうですね」
「っふふ、一休みしよう?なんか食べるものもらってくるね」
いつもは精悍な眉が心なしか下がっているようにも見えて、悪いとは思いながらも笑いが止まらない。本人は感情の機微を隠しているようだけれど、慣れてくると案外わかりやすいものだ。
さて、お腹が空いている彼をこれ以上待たせちゃ可哀想だと未だ口元を緩めたまま席を立つと、「すいません」と背後から引き留める声がした。他に何か必要なものでもあっただろうかと振り返ると、こちらを見つめてなにか物言いたげな旦那さまの姿がある。からかいすぎたかな?と少し反省しながら待ってみても、一向に次の言葉は紡がれない。どうしたものかとまごまごしている間に、ふっと彼の口元が緩んだ。
「こうして、あなたと過ごせて幸せです」
いつもならその信条の通りに固く結ばれている唇が弧を描き、眠たげとも見える伏目がちの目はまっすぐと私を見据えている。決して、決してそんな雰囲気ではなかった。それだというのに、ほんの雑談のような口ぶりで寡黙なこの人はつつがなく愛を語る。
「…………私もだよ。というか急にどうしたの」
「いえ、ふと思ったものですから」
「なんだそれ、心臓にわるい……!ああもうお昼貰ってくるから!」
見事に落ち着かない心持ちの中、仕返しのつもり?と思うけれどあの表情を見てしまうとそんな憎まれ口も叩けなくなる。ほんとうにあの人はあの瞬間に幸せを感じたのだろう。ああもう、頭のいい人は何を考えてるのかわかりゃしない!
炊事場に行くまでにこの顔の熱が冷めてくれるといいのだけれど。なんなら顔でも洗ってこようかと廊下をほとんど小走りと言っていいような速度で歩いてゆく私に、「廊下を走るでないわ」と嘆息する義兄弟の声は届かなかった。