駅前の待ち合わせの群れに紛れながら、暇つぶしに買ったコーヒーを啜る。あと5分待っても来なかったらメッセージを送った方がいいかな、と思ったころにその男は現れた。待ち合わせ時刻からは8分遅れ。電車の遅延情報はなし。まあ、この男に至っては寝過ごさなかっただけ偉いといえる。


いつも通り時間をおおらかに捉えた伯寧は、いつも通り悪びれることなく「それいいね、どこで買ったんだい?」とマイペースに話し始める。あそこのコーヒースタンド、と指を指すと、私もほしいなと問答無用で手を引かれてお店に逆戻り。まだ私のコーヒーは残ってるんだけど。本当に、マイペースの擬人化のような男だと思う。


ここのお店はこじんまりとしているわりにはメニューが多い。案の定何にしようかと迷う伯寧にここのカフェラテは甘めだよと言うと、じゃあそれにしようかなと屈託なく笑う。その無邪気な笑顔を見ていると、待ってる間にちょっとだけ芽生えた毒気も抜けてしまった。




コーヒースタンドの近くには雑に区画を設けただけといった様子の喫煙所があって、白い煙がもくもくと空にたなびいている。私の隣で提供を待っている彼は、職場ではよく誰かと連れ立って喫煙所に居るなとふと思った。私といるときには見向きもしないな、とも。


「伯寧ってなんで私といるとき煙草吸わないの?」
「ん?ああ……。そうだなあ、君が吸うなら吸うよ」
「なんだそれ」


そもそも煙草かライターのどちらかを絶対に忘れるから、誰かと一緒にじゃないと吸えないことの方が多いんだと朗らかに彼は言った。確かに、喫煙室で誰かに火を貰ったり一本貰ったりしている姿がありありと想像がつく。天性の甘え性、それがなんとなく許されてしまう人たらし。今日はあるのかなあと雑に引っ掴んで持ってきたのであろう鞄をがさがさ引っかき回すと、くちゃくちゃのソフトパックがひとつとライターが3つ見つかって笑った。多すぎる時もあるんだ。


「あたしこれ飲んでるし、行ってきてもいいんだよ?」
「いいや、別にかまわないよ。私だけ喫煙所にいたって退屈じゃないか」
「そういうものなの?」


職場でよく喫煙所に行くのも、喋る相手が居なくなるのが嫌だからという節もあるのだろう。この男、勝手に一人でどこかに行くことも多いくせして、案外寂しがりやな一面がある。
それなら一緒に行こうか?という提案は渋い顔をした彼に即座に却下された。人のすることにあまり文句をつけない(というか多分興味がない)彼にしては珍しいことだと素直に驚いていると、彼は少し気まずげに言葉を続けた。



「いや、なんというかな。君の匂いが上書きされてしまうからあまり来てほしくはないんだ。君がどうしても行きたいというなら止めはしないけど……。そもそもニコチンを摂取しなければやっていけないというわけではないしね」



そう言って彼はまだ言いたいことがあるのかすこし黙って、自分の中にある論を言語化しようと頭を回している。彼が静かに目を伏せて、言葉を探している姿を見ているのが好きだ。黙っている伯寧は普段とのギャップも相まって、ずっと見ていられるとさえ思う。それでも、彼のかしこい頭はすぐに解答を見つけてしまうのだけれど。


ほら、伏せていた目がぱっと開かれて、瞳の中に光がきらきら差し込んだ。勢いよくこちらに向くに併せて、プラスチックカップに入ったカフェラテがちゃぷんと揺れる。


「言ってしまえば、あれは退屈なときの暇つぶしなんだ。君といると退屈しないし、なんならいつも君との時間が足りないと感じているしね。そんなことをしている暇はないんだよ」


彼は当然のように自説を語るけれど、ストレートに伝えられた言葉は信じられないほど甘ったるい。「なら、遅刻するのやめたら?」と憎まれ口を叩きながら、私は急いで氷の隙間に少し残ったブラックコーヒーを口に運ぶ。そうでもしないと、今日も一日、彼のペースに呑まれてしまいそうだった。