鍾会のとばっちり
とある昼下がり、司馬昭はいつも通り職務を抜け出して、昼寝の場所を探していた。最近は少し遠出したところで賈充や元姫に見つかってしまうようになったから、逆に近いところの方が見つからないんじゃないか?という逆転の発想で城の周りを彷徨い歩く。陽は穏やかで風が心地良い。こんな昼寝日和に城に籠るなんてまっぴらだ。
そうしてうろうろ歩き回っているうちに聞き覚えのある声が聞こえたものだから、身を隠してそっと倉庫の陰を覗き込む。こんなところで見かけるはずもないような奴なのになあ、と面白半分で。
「はあ、姿が見えないと思ったら……。よくそんなところで眠れるものだ、理解に苦しむよ。一体どんな教育を受けてきたのやら……」
そこに見えたのは、壁にもたれてすやすやと眠りこむナマエと、側に立つ鍾会の姿だった。へえ、と思わず珍しさに目を瞬く。サボり魔である自分には考えられないことだが、常日頃から「あなたたちとは違って暇ではないのでね」と豪語する鍾会が職務を抜け出すことなどあり得ない。仕事人間というかなんというか、職務においてはかなり真面目できっちりとしたやつなのだ。あの性格に目を瞑ればという条件付きではあるが。
そんな男が勤務中に、直々に部下を探しに来るとは思わなかった。彼が自分の部下であるナマエを気に入っているのは周知の事実だが、普段のあいつからすると、たとえ様子を気にしたとしても捜索は他の人間に任せるように思える。結構本気であの娘のことがお気に入りなのかもしれない。
そもそもどうしてナマエがこんなところで寝ているのかはわからないが、仲の良い元姫曰く、「仕事はできるのにちょっと抜けてる子」らしいからまあ納得はできる。今日って本当にねむたい気候だもんな。
「私は物を取ってこいと言ったんだ、昼寝してこいなんて言った覚えはないぞ。普段の働きがなければ罷免しているところだ、まったく……」
ぶつぶつと嫌味ったらしい独り言は続く。それでも、いつもなら声高に発せられる言葉は低くひそめられ、一見変わらぬ不機嫌な顔からは普段の刺々しさが薄れている。わざわざ探しにきたのだから起こせばいいのに、そうしないのはこの男なりの可愛げというところだろう。きょろきょろと辺りを見渡してはそっと隣に座った辺り、もう少し寝顔を堪能したいなんて下心もありそうだ。本人が聞けば激怒するだろうが、好きな子と二人きりなんて好機を投げ捨てられる男なんか居ないよなあと影から思わずほくそ笑む。この生意気な男に可愛げを見出せたのは初めてだ。
それにしたって、こんなにあからさまな好意だというのに、元姫から聞くにはナマエ自身はまるで気が付いていないらしいのだから笑ってしまう。鍾会を警戒している元姫が牽制しているのもあると思うけど、そうとは言っても上司と部下だ、接点なんていくらでもあるだろうに。こうなるとあの娘はどれだけ鈍感なんだと思わざるを得ない。いやまあ、鍾会のひねくれが度を越しているのかもしれないけど。あの回りくどい言い方じゃあ、伝わるものも伝わらないだろうと思う。というかそもそも鍾会という人間が他人に好意を持つと思われていないまである。俺も実際そうだったし。
そうなってくると、この恋模様を見守るのも案外面白そうだ。素直じゃない鍾会と鈍感なナマエなんて、なかなか良い暇つぶしになるんじゃないだろうか。ただでさえ嫌味な発言でこちらを逆撫でしてくるやつなのだから、それくらいの楽しみは許してほしい。元姫は望まないかもだけど、流石にあいつがナマエを傷つけるような真似をするなら俺も止めるし。
いろんな思惑を散々に無視して、ナマエは未だにすやすやと眠り続けている。そろそろ俺も昼寝に戻るか、と立ち去ろうとした時、無言で彼女の顔を眺めていただけの鍾会が動きだしたので身動きを止めた。バレたくないという気持ち半分、好奇心半分でそっと様子を伺うと、壊れ物でも扱うかのような手つきで顔にかかった髪を避けてやりながら、初めて聞くような声音で鍾会が言う。
「ふん、いい加減に起きなよ。……私の時間を無駄にさせるなんて、なんとまあ贅沢な女だ」
覇気のない憎まれ口と、普段の高慢さからは想像もできない、ひどく穏やかな顔だった。思わず身を乗り出しては、足が枝に引っかかったのか葉ががさりと音を立てる。やっべ、と顔をひきつらせつつも目をやると、案の定。うってかわって視線で人を射殺さんとでもせんとばかりに鋭くこちらを睨みつけている鍾会の姿があった。
素早くナマエを抱き寄せ眠りこけている彼女の顔を隠し、常なら嫌味がこんこんと湧き出てくる口はきつく結ばれたまま。罵倒のひとつやふたつでは済まないだろうと覚悟していたが、これは予想外だ。悪いことしたな、と素直に思った。言いたい事はいくらでもあるだろうに、何よりも彼女のことを優先している。なんだ、思ってたより本気なんじゃないか。
「あー、悪い。邪魔するつもりはなかったんだけどさ……」
小声で弁解するも、忌々しげに口の前に人差し指を立てる鍾会を見て、これは逃げるが勝ちだと踵を返す。別にお前も喋ってただろとは思ったけれど、今回は完全にこちらが悪い。音を立てないように背を向けるけど、あいつが完全に見えなくなるまで背中にあの殺気だった視線を感じていた。
這々の体で逃げ出しながら、今度鍾会に出会ったときには嫌味と罵倒が降り注ぐんだろうなと思うとげんなりする。俺を見つけて近寄ってきた元姫に慰めてもらおうと思ったら、そういえばサボっていたものだからお小言が始まって散々だ。あの2人、なんか大丈夫そうだと元姫に伝えられるのは一体いつになるのだろうか。