于禁に祝われる
※現パロ
于文則は悩んでいた。何をかと言えば、プライベートの事象である。
仕事のことであればまだ良かった。何事も業務フローに従い、不明瞭な部分はマニュアルに照らせば自ずと答えは導き出せる。しかし、これは仕事ではない。適切な正解があるわけでもない。つまり、これ以上難しい問題は于禁の中には存在しないと言っても過言ではない。
男は部屋に置かれたシンプルなカレンダーと様々な検索履歴の並んだスマートフォンを見比べては、むっつりと眉を顰める。具体的に言えば、恋人の誕生日が近付いていた。
恋人のナマエはこうした祝い事が好きで、誕生日やクリスマスともなると季節の雑貨で部屋を飾り付けたり、枕元にプレゼントを忍ばせてみたりしては于禁の単調な日々に彩りを加えている。よくぞまあそこまで色々と思いつくものだと舌を巻きつつも、楽しそうな様子は見ていて微笑ましい。だが、それでこちらばかりが恩恵を受けているようでは話は別だ。
何かをしてもらえばこちらも何かを返したいと思うのは当然。しかし、ナマエのやるようなことが自分でもできるかと言われると話は別である。ただでさえ気の利かぬ自分にそのような真似ができるわけもない。
それでも彼女の示す親愛に見合うものを返さねばと考え続けては時が過ぎ、気がつけば誕生日当日となった。悩み抜いた末にひとまずプレゼントとケーキを買い込んだはいいものの、これ以上どうすればよいのかわからない。スマートフォンにはナマエの「これから向かいます!」というメッセージに既読がついている。
そうして万策尽きた頃、かつてない難問に疲弊した于禁の頭は、もう本人に聞くしかないという極めて常識的な結論を導き出したのだった。
「……というわけだ。どうすればよい。望みは全て叶えよう」
「エッ、もう充分祝っていただいていると思うのですけれど」
「まだだ。これでは足りておらぬ」
目の前でケーキを口に運んでいたナマエは、テーブルの上に並んだプレゼントに視線を向けては困ったように首を傾げた。
「私としては、文則さんが私のためにいろいろ悩んでプレゼントを選んでくれたってだけではちゃめちゃに嬉しいんですけれど……」
「だが、いつもお前は手を変え品を変え誕生日を祝ってくれるだろう」
「それは私がやりたいことをやっているだけです……」
それでもこちらが引き下がらないことを察したのか、悩んだ様子を見せていたナマエはふと顔を上げ、「それならこうしましょう!」と明るい表情で手を叩いた。そして、手近なプレゼントから藍色のリボンを抜き取り、お手を拝借と軽口を叩きながら男にはよほど不釣り合いなそれを于禁の手首に巻き付けていく。
何がしたいのかも分からないまま、みるみるうちに綺麗な蝶々結びが形成されるのを見守る自分はさぞかし渋い顔をしていたに違いない。おそらくその反応も含めてだろう。ナマエは楽しそうにこにこと笑う。
「文則さんがプレゼント、ってことで」
そうしてダイニングから立ち上がったかと思えば、于禁に手を差し出し「こっちに来てください!」とソファーに誘導する。そうして男を先に座らせたかと思うと、当然のように膝のうえに乗り上げ、「それでは遠慮なく」と、勢いよく于禁に抱きついた。混乱して硬直する于禁が口を挟む隙もなく、彼女の奇行は続く。甘えるように胸元に擦り寄ったかと思えば、首元に顔を埋めてくすくすと笑っている。かと思えば子猫の毛づくろいかのようにちまちまと髭にキスを落とし、すこし背伸びをしては硬い髪を嬉しそうに撫でている。どれも、真実楽しそうに。
「……待て、待たぬか。止まれ」
「どうかしましたか?」
「どうかするもなにも、なんだこれは」
「……?祝われている真っ最中ですが」
自身ではおよそ理解の及ばぬ事態に言葉を探している間にも、彼女は変わらず楽しそうに男を愛でる。その姿はぬいぐるみをもらった子供が、袋から取り出したそれを掲げてから抱きしめるような、そんな無邪気な喜びに満ちていた。いや、しかし、例えそうだとしても、
「……これでは、私が祝われているようなものではないか」
「エ、そんなこと思ってたんですか?」
かわいい、と彼女はひとりごとのように呟いた。そして喜色に目を細めると、目に見えて不服を表明する彼の眉間をやわやわと揉みほぐしにかかる。ナマエの温度の低い指先が、自分の体温と馴染み、同化してゆく。
「私、文則さんを甘やかせてこんなに嬉しいのに」
「……私ではなく、もっと他にないのか」
「ないです」
ナマエは微笑みながら、されど有無を言わさぬ口調で言う。そのまま顔を寄せたかと思えば、彼女のしろい腕が男の顔を胸に抱くように引き寄せた。自分のものとは違う洗剤の香りが柔らかく香る。細い指がさらさらと髪を梳く感触と共に、甘やかな、砂糖菓子の声音が耳元をくすぐった。
「だって、こんな素敵なプレゼント、とびっきり大事にするに決まってるじゃないですか」
普段と変わらぬ温度のエアコンが妙に息苦しい。身体が熱を帯びているからだと気がつくまでに時間がかかった。それほどまでに彼女のすべてに集中していた。于禁を愛しむ手の動き、囁く睦言、愛情のその数々に。こんなものが祝いなわけがあるかと自身の理性は叫ぶのに、なにも言葉にはならず、ただただ不明瞭な唸り声と消えた。結局のところ、この時間を喜ばしく感じているのは確かなのだ。
「……楽しいか」
「ええ、とても」
明瞭な即答に于禁は諦めたように息を吐き、身体から余計な力を抜いた。そして、掌で掴めてしまいそうな小さな頭に手を添える。その手には、変わらず鮮やかな青いリボンが揺れていた。