馬岱と見る目のない子
※現パロ
「岱ちゃんってさ、結婚願望なさそう」
「は?」
お風呂上がりのだらけた時間にその爆弾は落とされた。テレビの中では芸能人の結婚ニュースが流れていて、お似合いだの地味にショックだのたいして中身のない感想を言い合っているときだった。扇風機のぬるい風だけが俺たちの間を通り過ぎていく。
固まっている俺にも気付かずに、勝手に俺の古いTシャツを寝巻きにしている彼女は「一口いる?」とスプーンに乗せたアイスを差し出した。理解の追いつかないまま口を開くと、冷えたスプーンと共にざらついたバニラの甘さが飛び込んでくる。ああ、クッキーアンドクリームか。彼女が1番好きなやつ。ちょっと冷えた頭でさっきの言葉を反芻して、いやマジで突然何を言い出すのって結論に至る。びっくりしすぎていつもだったらかわいこぶってえ?とか言うのに普通にひっくい声出ちゃったし。だって、
「君、彼女でしょ?」
「そうなんだけども」
よかった、前提は履き違えてなかった。えっ私たち付き合ってたの?とか言われたら一生の心の傷になるところだった。それはそれとして俺のことどんな目で見てんのとか俺たちの今後のことどう考えてたのとか聞きたいことは山ほどあったけど凹みそうだから口には出さなかった。聞かなくてももう凹んでるし。
わかりやすい傷心アピールで膝を抱えてジト目で彼女の方を見るけど、彼女の視線はカップアイスに奪われたままだ。それでも諦めずにじいっと見続けたら、何かを感じたのか彼女がこっちを見てびっくりしたように肩をすくめた。
「何、どうしたの」
「憂いてるの」
「憂いてるの?」
「そう!君の見る目のなさとか」
「エ、ひどい」
わるくちじゃんと口を尖らせるあどけない仕草に苦笑する。どこまでも呑気な子だ。怖がられたくないって保身が結果的に君を守ってるだけで、本当は今すぐにでも既成事実で囲ってしまいたいと思ってるなんて欠片も気づいてないんだから。
それにしても「そんなに結婚したかったの?」と心底不思議そうに追撃してくる彼女は本当に一体どういうことなの。
「なにその言い草!そんなに意外かなあ?」
「意外だよ!だって岱ちゃんてわりかし秘密主義じゃん?だからあんまり想像つかなくて」
「えっ、…………そう見えてる?」
「え?うん。わりとそう見えてる」
「あっちゃー、マジかあ……」
そこまで思われてるのはちょっと想定外だけど、そりゃそうかと納得する自分もいる。だって、ちょっと見せたらそのままずるずる全開示しちゃいそうで怖かったから。お願いだから逃げないで、逃げたいとも思わないでと希うこの暗くて重い情を隠すにはそうするしかなくて、こんなの見せたら嫌われるってわかっているから。
「あっまって、ちがうの。秘密を暴きたいとかではなくて。あの、見せなくていいよ。見たくないとかじゃなくて、べつにどんな岱ちゃんでもいいよ。私の前で無理してるならやだなと思うけど、してないならなんでもいいよ」
失言したと思ったのか、慌てたように俺に都合のいい言葉を連ねる彼女をどこか呆然としながら見ていた。無遠慮に踏み入らずに、あえて見えている部分だけをそのまま受け止めていてくれていたこと。ずっと本心を見せない俺をそのままでもいいと受け入れてくれること。どこまでも都合がよすぎて夢でも見てるんじゃないかと思う。起きたら罪悪感で自己嫌悪に陥るような、そんな夢を。
「……ありがとね」
嬉しい、もう離さないという歓喜と共に、こんなやさしい子の隣に俺が居ていいの?という思考が自然と頭に浮かんで、この期に及んで逃げようとする自分に嫌気がさす。この心底見る目のない彼女に向き合う覚悟が欲しい。この子のことほんとに幸せにできるの?って弱音も怯えも放り捨てて。だってこんな俺にぜんぶを明け渡してしまうようなおろかで眩しい女の子、絶対にほかの誰かに取られたくなんかない。
「……ナマエちゃんはさあ、どんな俺でも一緒にいてくれる?」
絞り出した声は少し震えていた。ごくりと唾を飲み込んで、君が思ってるような人じゃないかもだけどと続けたら、相変わらず不思議そうな声で別にいいよと返される。俺としては結構気合いのいる質問だったのに返事が本当にどうでもよさげで、それがなぜだかとっても嬉しかった。よくわからない感情のまま、隠れるように膝に顔を埋める。だって今どんな顔してるのか俺自身にもわかんないから。
「岱ちゃんさ、私が化粧落としたら嫌いになる?」
「……ならないけど」
「んふ、たぶんそんな感じだと思うよ、私も」
彼女はわかるようなわからないようなことを言ったかと思えば、即座にやば!アイス溶けてる!と悲痛な声をあげた。切り替えが早くていいことだ。こっちはまだまだいろんな衝撃が抜けないっていうのに。せめて彼女がアイスに夢中な間くらいは対ショック姿勢のままでいさせてほしい。
「あ、ねえ。この際だから一個だけ教えてほしいんだけど、岱ちゃんのカノジョって私だけ?」
「まって!?俺ってばそこから疑われてたの!?」
さすがに聞き捨てならない衝撃発言にばっと顔を上げる。そのレベルで他人を全肯定するのはもう危なっかしいどころの騒ぎじゃないんだけど。
なんでもいいとは言ったけど他に彼女が何人もいますとかはちょっと、いやだいぶいやかも……と勝手に悩み出す彼女を抱きしめる。本当に勘弁してほしい。俺の薄暗い心を見せてもいいと思える子なんて後にも先にも君しかいないのに。「ナマエちゃんしかいないよぉ……」としおしおになりながら呟くと、「それならいいや」とふくふく笑ってそっと背中に手が回される。こんなに小さい身体なのに、俺の全部を受け入れられてるみたいでちょっと泣きそうになった。
「あのね。俺ってね、どうかしちゃうくらい、本当に君のこと好きなんだよ。知ってる?」
「そんなに?でも、負けないくらい私も岱ちゃんのこと大好きだよ」
ずっと一緒にいようねと無邪気に紡ぐ彼女に愛おしさが堪えられなくて口を塞ぐ。あわせた唇からは甘い甘いバニラの味がした。