満寵をお持ち帰り?


 

華の金曜日、定時を迎えて疲れた目をぎゅっと閉じていると、メッセージアプリが通知を告げた。見ればいつもの面子からの飲みのお誘いで、それなら何はなくとも行くしかない。少しだけ会社に残って来週の目処を立ててから、意気揚々といつもの居酒屋に繰り出した。




遅れて通された座敷には見慣れた面々。口々にお疲れ〜と声をかけ合う中、にこにこと手招く満寵は今日もネクタイが変な結び方になっている。もう取っちゃえばいいのに。奥の方では賈詡さんと郭嘉さんがなにやら仲良さげに話している。郭嘉さんを奥に入れとかないと店員から客までありとあらゆる女性をナンパし始めるからこちらとしては助かる席順だ。
招かれるままに満寵の隣に座ると、「君の分はもう頼んでおいたよ。メガジョッキでいいだろう?」と衝撃発言をされるからばかやろうと肩を叩く。そんなに飲めるか。だれか止めなさいよこの男を。


届いたメガジョッキを満寵の元にスライドさせて、私は大人しくコークハイを頼む。目の前の荀ケさんがお疲れさまですと労ってくれるけど、この人は本当に金曜ですか?というくらい乱れがない。隣の乱れしかない人も見習ってほしいところである。見渡したところ、テーブルにはえだまめに冷やしトマト、もろきゅうにやみつきキャベツが並んでいる。なんかこの面子であんまり頼みそうにないものばかりだ。何事?



「遅れると聞きましたが、思っていたより早かったですね」
「来週に回せるものは回してきましたから。というかなんですかこの夏休みのおばあちゃん家みたいなラインナップ」
「皆さんの栄養状態を心配した結果です」
「ああ……」



確かにどいつもこいつも野菜を食べている図がひとつも浮かんでこない。そもそも食事だってそんなに食べてる印象がない。荀ケさんはその辺ちゃんとしてそうだけど、問題はそのご親戚と私の隣の変人である。



「栄養満点ってワードと荀攸さんって絶対結びつかないですよね」
「何故……?サプリメントは飲んでいますが……」
「肝臓壊しますよ普通に」
「仕方がありません。生のビタミンを摂取しましょう」



流れるように生レモンサワーを頼む荀攸さんはなんかもう思ったより酔ってるかもしれない。私の分も頼むよと言ってる満寵はあの量をいつの間に全部飲んだんだ。どうせならとぽこぽこ怒っている荀ケさんを横目に私の分もお願いする。今日は思いっきり飲んじゃえ。



みんなで散々飲み食いした後、お会計を済ませて荀ケさんはタクシーを呼びに行ってしまった。さて、ぐだぐだに酔っ払っている荀攸さんはいつも通りとして、珍しくも私にまとわりついてなんとか立っているこの大男はどうしたものか。普段ならいくら飲んでも見た目も中身も変わりやしないのに、今日は足をふらつかせては眠そうに目を擦っている。



「ちょっと、満寵。自分で立って。おもい」
「んん……、ねむいな……」
「もう!なんでもっと体重かけてくるの。というかなんで今日そんな酔ってるの?」
「きのう、作業していたら寝るのを忘れていてね……。そのままここに来たらなんだか楽しくなってしまったよ……」
「なにそれ、大学生じゃないんだから」



まあ出社しただけ偉いと言える。そのあと飲みに参加するのは全然偉くないけど。大人しく帰って寝てほしい。というよりとにかく今は背後から完全に私に覆い被さっている状態をなんとかしてほしい。つむじに顎を置くな。


助けを求めようにも荀攸さんも立ったまま寝かけてるし、遠目に見える郭嘉さんはもはやナンパしているのか逆ナンされているのかわからないし、賈詡さんは面倒な気配を察知したのかしれっと姿を消している。裏切者め。



「ねえ荀攸さん寝ないで。私を助けて。この人どうにかしてください」
「ん……?ああ……、満寵さんですか……。一旦持ち帰って検討してはどうですか……」
「ちょっと、あからさまに面倒にならないでください」
「うん、それはいいね。そうしてくれるとたすかるな……」
「こっちは全然助からないんだったら」



無事タクシーを捕まえた荀ケさんが帰ってきて喜んだのもつかの間、「公達さんは私が連れて帰りますので、そちらはお任せしてもよろしいでしょうか」と申し訳なさそうに言われてしまえばどうしようもない。諦めて物理的に重い男を連れてのろのろタクシーに向けて歩き出す。ちゃんと歩いてよと文句を言っても、置いていかれないようになのかうにゃうにゃ言いながら腕の力が強くなるだけだ。


無事タクシーに辿り着いたところで、肝心の男はタクシーに放り込んだ瞬間すやすや寝息を立てている。こっちはあなたの最寄駅くらいしか知らないのだけれど。仕方がないから運転手さんに自宅の住所を告げて、少し口の開いた満寵の子供みたいな寝顔を見つめていた。ほんと、これを持ち帰って一体なにを検討しろっていうの。



「満寵、ねえ、起きて。着いたよ」



お支払いを済ませてから、引っこ抜けるんじゃないかってくらい腕を引くと満寵はああとかうんとかそんなことをむにゃむにゃ言ってなんとか自力でタクシーから出てきた。そのままふらふらどこかに行こうとするから、急いで手を引っ掴んだままオートロックを開けてエレベーターの中に押し込む。油断も隙もあったもんじゃない。


部屋の前についても、鍵を探したいのに満寵から手が離せないからやけに時間がかかった。だってこの男、なぜかマンションの構造に興味津々すぎる。手を離したら勝手に探索を始めることだろう。今だって、眠たげながら上機嫌に「外観が綺麗だね。築2〜3年といったところかな」とか「このタイプの鍵なんだね!」ときょろきょろしている。ご近所さんから怪しまれたらどうするの。


「これがきみの部屋かあ」と言いながら、ただしく靴を脱ぎ散らかして先に中に入る男にため息を吐きつつ後を追う。玄関に置いてけぼりの鞄はとりあえず翌朝までそこにいてもらおう。ああもう部屋を物色するな。外に着てった服でベッドに座るな。


とりあえずシャワーを浴びようと思って、そういえば彼はどうすればいいんだろうと思い出す。シャワーを浴びるにしても当然着替えなんかない。コンビニに寄ればよかったと思うけど、この状態で下着だけ手に入れられても逆に困ってしまう。



「ねえどうしよう。うちに満寵が着れる服とかないよ」
「私はこのままでも構わないよ?」
「こっちが気にするのよ」



もしかしたら以前大きめが欲しくて買ったやつが着れるだろうかと考えながら、クローゼットからメンズTシャツを取り出す。あてがってみるとMでもやっぱりちょっと小さくて、この男が如何に大きいかを再確認するだけの時間となった。


「やっぱりだめか」とクローゼットに向き直ると、突然背後から両腕を掴まれる。力のこもったそれに思わず息を止めるけど、あんなにおしゃべりだった男は黙ったまま手を離さない。さっきまでとは全然違う、酔っていたとはいえ、それでも気を遣っていたんだなと思える力の強さだった。「少しいいかな」と、いつもとは違う、低く、抑揚のない声が背筋を震わせる。



「これは誰のものだい?」
「誰……?私のだけど……」
「男物だろう、これ」
「え?……ああ、オーバーサイズ流行ってた時に買ったの。ただのファッションだよ」
「ああ、そうなのか!安心したよ」



ぱっと手が離れて、恐る恐る振り向くといつもと変わらない、微笑んだ満寵がそこにいた。そこはかとない怯えを感じ取ったのか、ごめんね、なんでもないんだと両手をあげて無害のポーズを取る満寵は自分でも困惑しているみたいで、ほんのすこしだけ力が抜けた。



「ねえ、怖いんだけど」
「申し訳ない。自分でもここまで動揺するとは思っていなかったんだ」
「そんなに酔ってるの?」
「いいや?自分の限界はわかっているつもりさ」



本人の言う通り、さっきまで眠そうにとろりと溶けていた目は、いつのまにか涼やかな知性の光を取り戻していた。いつの間に、とは言わない。うっすらそうなんじゃないかとは思っていたから。



「君の部屋に押しかけるのもどうかなとは思ったんだけれど、あいにく私の部屋は今ちょっと人が立ち入れる状態になくてね。酔った君を連れ込んで怪我をさせてはいけないと思って」
「……連れ込まなければいいんじゃないの?」
「そういうわけにもいかない。いつだって私は君ともっと長く居たいと思ってるんだから」



なにもかもが明け透けすぎる台詞なのに、あまりにすらすらと喋り続けるせいでどう反応していいのかもわからない。いつも通りの微笑みも崩れやしなくて、色恋沙汰には無縁だと思ってたのに、案外手慣れているのかもしれないと思う。もしそうならなんて腹の立つ話だ。だって、それならこの素直に熱くなった頬がばかみたいじゃない。



「なんか慣れててずるい……」
「ははっ、そう見えるかい?」



おもむろに腕を引かれて彼の胸に抱き寄せられる。顔に柔らかく押しつけられたそこからは、よれよれのワイシャツ越しからもわかるくらいうるさい心臓の音が聞こえていた。思わず顔をあげると、「ね?これでも緊張しているんだよ」とほんの少し赤らんだ顔で彼が笑う。


「顔、あかいよ」と言えば「……やっぱり酔ってるってことにしてくれないかい?」とちょっと困った顔をするから、不覚にもかわいいな、と思ってしまう。だって、いつだって笑って何事にも動じない男が、私のことでこんなにも動揺している。


曲がったネクタイをくいくい引っ張って、じいっと彼のくちびるを見つめているとまた困ったような顔をして、その大きな手で私の目を覆ってしまう。「これ以上はいけないよ。私だって慣れない我慢をしているんだから」だなんて、今さら何を言ってるの?



「しないの?」
「今日はね。部屋に押しかけておいてなんだけど、そういうことは君の同意を得るのが先だ」



それじゃあ朝までに考えておいてくれ。私はここで寝るよとベッドから降りて迷いなく床で寝始めた男に感心していいんだか呆れていいんだかわかんなくなってしまう。変なところで真面目で、何から何まで勝手な男。それに賢いんだか馬鹿なんだかわかりやしない。隣に座りこんで、眠ってしまった男の髪を撫でる。鼻でもつまんでやろうかと思ったけど、なんだか妙に満足そうな顔をしてるから気が抜けてしまった。


ああもう、ここまできておいて勘違いなんてしないでほしい。私は好きでもない男にべたべた触れられるのを許すような女じゃないし、いくら仲が良くたって自宅に同僚を、ましてや異性だなんて招くわけない。いいなと思ってるから、あなたをここまで連れ込んだんだよ。ばかなひと。