秋内装と新回想でわっくわくの文アルさんにおいて、個人的ミスを連発して悲しみが渦巻いておりました。かなしいので久々にカンストしてた方々で潜書していただきました、ほっこり。さーて金貨集めお願い致します!
そろそろ一週間空いてしまうのでそれとなく引き司書の破の冒頭部分を追記にあげときます。進まないよーう!
洋館の重い扉を抜けると暗闇であった。昼の最中が黒くなった。
準え古された名作の冒頭を引っ張ってきたことに意味はなく、暗闇なら抜けたというには足りない。しかし、ひとつ扉を開けた先に続く陰は光一筋通さず、目は何をも捉えることができない。
最後に聞こえたのは締め切られる音で、断絶の音だった。あまりにもしじまが耳に忍び寄って張り付き、呼吸ひとつも立たない。
いったい、どこに迷いこんでしまったのだろう。
異様な雰囲気ではあったけれど、ただ森の中の洋館に、足を踏み入れたはずだった。
どれ程白壁が外光を遮断するとしても、外観から明かりがついていないと確認できる程度にカーテンがかかった窓は、館の広さに違和感のない数があったというのに。
現実として考えれば、自身の伸ばした手さえ掴めない暗黒は、異常であると言わざるを得ない。
もしかして目を開いていると思い込んでいるだけで、瞑っているのか。
顔に触れて、確認しようと手を持ち上げて──それすらも覚束無い。あまりに見えないと、自分の手と頭の距離さえ測れないのか。いや、己が顔すら、闇に溶けてきえてしまったかのような。そんな想像が浮かんで、恐怖がぶわりと加速する。だというのに、自分の荒げる心臓の音も聞こえない。
まさかこの身体さえも、消えたんだろうか。雪が溶けるように。そんなはずはない、だってついさっきまで足で立っていたじゃないか。歩いてきたじゃないか──この足で。
ふっと、足下の感覚が明朗になった。
地面がある。揺らぎのない、固い床。森の踏み固められた土の道とは異なる、平らな地面だ。
ああ、とひとまずその感覚が得られたことに安堵すると、自身の五感が研ぎ澄まされてゆく。何をおかしな絶望を抱いたんだろう。何も見えないと知覚できて、何も聞こえないと思える己があるなら、この身が闇に溶けて消えたはずがない。足も手も、耳も、目も、ちゃんとあるはずだ。
そうしてぎゅっと目を閉じて開く、これを何度か繰り返すと、ピントが合わさるように、闇に光芒を捉えた。
まず光が目に入り、光が照らす光景が目に入る。
天から落ちる光量は少なく、ただひとつの丸テーブルを白々と浮かび上がらせていた。
一体何があるのかよく見ようとして、誘われるように足を一歩踏み出した。じゃり、と靴底が擦れて、いやに耳についた。
それを皮切りに、二歩、三歩と続いてから、だんだんと急くように六歩、七歩と鳴って、終には走り寄るようにテーブルのもとへと転び出る。机に手を寄せ振り返ると、先程まで立っていた場所がどれ程暗く、黒く、影だったのか。奥行きさえも感じさせないのっぺりとした闇が静謐に存在していた。
あんな場所に身を置いていたのか。認識をすると、テーブルについた手が震えて、上手く寄りかかれない。ぼけた視界が下がって、大きく四角い石の並んだ床を写す。は、と切り詰めた息を吐き出して、しばらく呼吸を整えると、漸く顔をあげることができた。
暗闇は依然として、絶対的な色を宿して揺らぐことなくある。光が形作る輪の中に入ってしまえば、足を踏み入れることなど到底できそうもない、そんな陰。
手元のテーブルを見てみれば、丸テーブルだと思ったそれは正確には丸ではなく六角のようだ。ひやりと冷たく硬い質感が素肌の手に明瞭に訴えかけてきて、その確実さが夢ではないと伝えていた。
洋墨を丹念に周密に、幾重にも塗り重ねたような闇が現に在るのかという不安もあったが。夢でないとするなら、扉を抜ける前と抜けた今は地続きであるはずだ。
「皆は、」
共に館に入ったはずの同士は、どこへ。
呟きは己以外の息遣いの聞こえない空間に淋しく落ちて、霧散するかと思われた。
「おや」
聞き慣れた声が背後から聞こえて、弾かれたようにその方を向けば。
「ここ、どうなってるんだろう……」
「っどこに消えたかと思ったよ! オレ、置いてかれるの嫌いなんだけど!」
耳に痛いほどの静寂は絶えて、声が反響した。先ほどまでは音すらなかった同士が、いつの間にか輪の中でその影を床に淡く写し出していた。
「扉を開けたら何も見えなくなったよ」
「気づいたらここにいました」
「さっきまで僕以外いなかったのに、君たち突然現れたよね……」
「もうマジで、何なのこれ!?」
田山が吠えた。高らかに響くエコーの掛かる叫びに新美はわずかに笑う。いつもの毛糸の帽子を被っていない耳には少し大きい声だったが、先程の孤独を考えれば寧ろ安心をもたらした。
「ただの洋館、というわけではないようですね」 江戸川が光の降る天を見上げて呟いたから、釣られるように新美も顔をあげて、眉を潜める。「お月様……?」
天井は蜘蛛の巣のように罅が入り、ちょうどテーブルの真上は大きく割れて、狭間から空が覗いている。その空は深く透き通って星が薄く瞬き、白く大きな満月が天辺に輝いている。月光が、地に広がる円を作り出しているようだった。
倣うように見上げた島崎や田山も、怪訝な声をあげる。
「僕たちが屋敷にたどり着いたときは、まだ時間は日没には遠かったはずだけど」
「なんだよ、扉開けてこの部屋にたどり着くまでにそんな時間かかったっての?」
そう。入る直前に示し合わせた『雨宿り』という言い訳の通りに、重厚な乱雲が空を覆い、霹靂が轟き始めていたけれど、せいぜい中秋のやつ時程の時刻だったのだ。それが今や、爛々と満月の耀く夜空に切り替わっている。
体感では暗闇に身をおいた時間はひどく長かったような気もするが、しかし日が暮れ満月が中空に昇りきるまでいたとは到底思えなかった。
振り返れば、同士の明るい声があっても払いきれない、見通せない闇は変わらず存在している。あまりにも不自然に、人工的に、あの中に数時間もいれば気が狂ってもおかしくないと思わせるような。「──もう狂っているのかもしれませんよ?」
新美の耳元でしたのは、低くしなやかな囁き声。びくっと肩が震えた。振り向けば江戸川が、怪しく新美に微笑みかける。「ら、乱歩さん……びっくりしたぁ」
「あんた、ずいぶん楽しそうだな……」
「エエ、正直に申し上げますと」
引き気味の田山にもにっこりと道化のような笑みを向けた。
「司書の成り行きを見守るための現は、いつから夢へと変わったのでしょう」
「ここはあんたの着色映画の夢の中、ってことか?」
「ワタクシではなくアナタの夢かもしれません」
「だとしたらせめて美少女くらいでてほしいもんだ」
「夢も現もままならぬものですねぇ」
「元気だして、花袋」 まるで現も望み薄というような彼らの言葉に田山は落ち込んでねえよと反発したが、島崎は気にせず机を検分しながら呟く。「時の経過がおかしいことが、夢なら別にいいんだけどさ」
「何だって?」
「本の中だとしたら、結構まずいんじゃない?」
時が急速に過ぎ去り、違う世界に飛び込んだかのような体験は、初めてではない。今生の生業ではむしろ、しばしば味わう感覚だった。
彼らが転生する原因となった、昨今の文学における異常事態。文学書の侵蝕を防ぐため、新たな同士を喚ぶために彼らは『潜書』を行う。文字通り対象の書物の中に潜っていくこれは、現実とは異なる本の世界に入るのだ。
侵蝕者によって巣食われた有碍書であれば、元々の書の内容を反映した風景であり、描かれた物語をなぞりながら巣食う敵を討つ。同士の魂が宿った有魂書であれば、文字やインク、原稿用紙の舞う世界から、相手の魂の在りかを探し出して喚ぶことが多い。例外は存在するが、概ねはこの通りであるらしい。
「潜書って、でも、ぼくたちは」
その掠れた声で新美は、口がからからに乾いていると気づく。干上がった舌が口蓋を擦るざらついた感覚が不快だった。
どちらも違う世界に潜ることで、景色はがらりと変わるけれど。現と見紛うことなど、そう在りはしない。
文学書に対して強い想いを持つ魂の存在でなければ潜書は不可能だ。そして潜書を行う部屋は、アルケミストの力を持たなければ入れない。したがって、潜書は常に司書の監督のもとに行われてきた。彼らは司書の同伴なく潜書部屋に出入りしたことなど一度もないし、転生したときの風采を崩して潜書したこともない。
転生したときの風采、つまりその身体と意匠、そして著作の本一冊。この姿がもっとも潜書時にふさわしい状態だと云われている。魂そのままに挑む彼らを守る、云わば鎧と武器だ。
潜書に厳密な決まりがあるように、彼らの今回の外出とて、相応の手順を踏まなければならないことだった。外出届や記録付け、そして、転生したときより手にしていた『本』の提出。
彼らが有碍書に潜書する際に武器へと変わるこれらの本は、彼らの二度目の生の核となるものだ。潜書時の負傷は本へと反映され、本を『補修』することで彼らの状態も好転する。
そうした依り代とも云える本は錬金術の秘匿にあたる部分で、彼ら文豪と同列に慎重に扱わなければならないものであり、図書館の敷地外への持ち出しは固く制限がかけられているのだ。
怪しまれぬようここまでそれなりに気を使ってきた彼らは、当然、その制限を破ることなく司書の追跡へと繰り出したわけで。
新美は出掛ける際に友人が被せてくれた帽子をぎゅっと胸に抱く。
──鎧も武器も欠いてしまえば、こんなにも頼りない。
「……とんだ休日になっちまった」
田山がため息と共に吐き出した嘆きは、空間にぽんと取り残された。