うちの幼馴染み 降谷編


「ねぇ見て!あの3人来たよ!」
「やっぱ美しいわぁ…」
「2人の王子が1人の姫を守ってるって感じの構図が最高よねぇ」
「幼なじみ3人とも美男美女って羨ましい〜」

今日も廊下を歩けばいつものように騒がれる。3人で歩くときは決まって名前を真ん中にするのが僕と景(ヒロ)の暗黙の了解として子供の頃から癖付いている。今となっては当たり前のことすぎて自然とそうなるのだが、学校ではその様子も相まって王子やら姫だと呼ばれているらしい。

親同士の仲が良く、物心ついたときから一緒だった名前は僕にとって特別な存在だった。僕が容姿を理由に虐めにあっていたときも変わらずそばにいてくれて名前のことだけはこの先何があっても一生守り抜くと子供ながらに誓ったことを今でも覚えている。

そんななか、長野から転校してきた景。複雑な家庭環境で誰にも心を開こうとしなかった景の壁をぶち壊したのは他でもない名前だった。そんな景と僕の仲が良くなるのは自然なことで、僕もやっと出来た同性の友達と遊べるのが楽しくて仕方なかった。

楽しかっただけの3人でいる時間が、たまに苦しくも感じ始めたのは中学に入ったあたりだろうか。名前の制服姿を初めて見たとき、胸がドクンと鳴るのを感じた。名前はもちろん他の男にもすごくモテて、それが誇らしくもあり僕を悩ませる原因でもあった。景の気持ちに気付いたのはその少し後。窓際の席に座る景に声をかけたとき、外を眺めていた景の視線の先にいたのは友達と談笑する名前だった。名前を優しく見つめる景の表情がただの幼馴染みのものではないことをすぐ悟った僕は、3人の関係がいつか崩れてしまうのではないかとすごく怖くなった。


僕達が同じ高校に入ったことを名前は偶然だと思っているだろうが、僕と景の気持ちはきっと同じだ。名前に変な虫がつかないように守りたいから、そして何より…名前のそばにいたいから。

「ねぇ景、今日は部活で何作るの?」
「もうすぐ七夕だから、それをイメージしたゼリーを作る予定だよ」
「えぇ…!絶対美味しそう…!」
「もしかしてまた食べにくるつもり?いい加減太るよ」
「ひどーい。運動してるから大丈夫よ」
「冗談だよ、ちゃんと名前の分は残しておくから」
「やった!零(レイ)にも少し分けてあげるね」
「ああ、というより僕の分も取っておいてくれよ」
「しょうがないなぁ」
「景が作るゼリー楽しみ…!」

てっきり放課後も3人一緒かと思いきや、何を思ったか名前がバレー部に入ると言い出したので僕達も部活をやることにした。名前を守るために強くなりたい僕はボクシング部、自分の料理で名前を喜ばせたい景は料理部にそれぞれ入っている。

準備があるからと先に調理室へ向かう景に手を振ると、体育館まで名前を送り届ける。

「じゃあ、また後でね」
「ああ、部活頑張れよ」
「うん、零も頑張って」

僕に笑顔を向ける名前と別れ部室へ向かおうとすると男子生徒とすれ違い聞き捨てならない発言が耳に入ってくる。

「マジ女バレの練習着っていいよなぁ」
「わかるー特にあのショートパンツ最高」
「それな!名前様のおみ足はやく拝みてー」
「運動部と思えないくらい綺麗なんだよなぁ…顔も可愛いし」
「あー…土下座するから一回ヤらせてくんねぇかなー」
「無理だろ。でもあの脚は舐めてぇよなー」
「はは、お前きもいって」
「お前も似たようなもんだろ!」

このクソゲス野郎共が…名前のことをそんないやらしい目で見るなんて許せない。こんなクズに下心丸出しでジロジロ見られているとも知らず一生懸命練習をしている名前を思うと腹が立ってしょうがなかった。

「君達、ちょっといいかな」

校舎裏へ連れ出すとそいつらをボコボコにしてやった。他言無用ということと二度とバレー部の練習を見に行かないことも約束済みだ。もし破ればあいつらは残りの青春を病院で送ることになるだろう。格闘技をやっている人間は一般人に手を出してはいけない…?そんなの関係ないさ。僕の拳は名前を守るためだけにあるんだから。

あいつらを殴ったところで同じような輩は他にもたくさんいる。できる限りそばにいて見張っておきたいところだがまあそういうわけにもいかず…離れている間の名前のことが心配でならない。部活の途中でトイレに行った際、体育館に名前の安全を確認しに立ち寄る。僕の存在に気付いた女子生徒達が騒ぐのが耳に入ったのか名前が僕に気付いた。

「零…!」

僕を見つけた瞬間、ぱあっと笑顔になりすごく嬉しそうに遠くから手を振る名前が死ぬほど可愛くて愛おしい。うん…確かに脚もすごく綺麗だ。

「きゃっ!」
「苗字さん、よそ見しない!」
「すみません…」

僕に手を振っていたばかりにレシーブの練習中だった名前の顔に顧問からのボールが当たってしまった。大丈夫なのか…今すぐ駆け寄って手当てしてあげたい。というかなんだあのクソババアは…まずは謝るべきだろう。それに名前の綺麗な顔を傷付けた罪は重いぞ。あいつも今日から僕のブラックリストに追加しておくことにした。いずれ何らかの形で制裁を下す。こんなことなら、ボクシングは独学で学んでバレー部のマネージャーになったほうがよかったのかもしれない…。


部活が終わり体育館へ迎えに行くと、チームメイトと仲良く談笑していた名前は僕に気付いて駆け寄ってくる。

「お疲れ」
「零もお疲れ様」
「顔、大丈夫か?」
「大丈夫よ、あれくらい。でも…恥ずかしいとこ見られちゃったな」
「本当に大丈夫?心なしか鼻が低くなったような気がするけど」
「もう、零の意地悪…!」
「はは、冗談だよ」

好きな子ほどいじめたくなる…これは男の性なのだろうか。名前の反応が見たくて、つい子供じみた真似をしてしまう。

「あ…これ、バレー部の子から零に渡してほしいって頼まれたんだけど…」
「手紙…?」
「きっとラブレターね。バレー部内でも、零と景の人気はすごいから」
「それを言うなら君もだろう?」
「私なんて全然」
「はぁ…全然な訳ないだろう。毎日のように誰かしらに呼出されて告白されているくせに…大体名前は隙がありすぎるんだよ。それにあの練習着、普通のジャージじゃダメなのか?あんなに短いのを穿いて…男子生徒の見学者、というか君のファンがたくさん見ているっていうのに…」
「零、お父さんみたい」

僕の心配をよそに、名前はくすくすと笑う。確かに自分でも説教臭くなってしまうところは反省すべき点だと思うが、それは名前の危機感のなさが心配だからということをなぜわかってくれないんだ。

「まったく…」とぼやく僕の手を引いて、「ほら零、はやく景のゼリー食べに行こっ」と楽しそうに僕を急かす名前。「こら、わかったから引っ張るな…」こういう一つ一つの言動に僕が毎回心を動かされてること、君は知らないんだろうな。

「景ー!」
「2人ともお疲れ」
「お前もな」
「ねぇ、ちゃんと残しておいてくれた?」
「もちろんだよ。食べ物の恨みは怖いからね」
「わかればよろしい」
「こっちが名前の分で、こっちは零(ゼロ)の分」
「わぁ…すっごい可愛い…!これ星と天の川?」
「うん、よくわかったね」
「これ本当に景が作ったのか?すごいな…」
「そう言ってもらえると頑張った甲斐があるよ」
「可愛すぎて食べるのもったいないなぁ」
「へぇ、それなら僕が食べてやろうか?」
「そういう問題じゃないの!」

僕の冗談にぷくっと頬を膨らませていた名前も、景のゼリーを食べた瞬間幸せそうな顔になる。「美味しい〜!」と名前が騒ぐとすごく嬉しそうに笑う景。悔しいが、名前の胃袋を掴んでいるという点では景に一歩劣っていることを認めざるを得ないな。

・・・

「苗字さん、ちょっといいかな」

昼休み、いつものごとく男子生徒に呼び出される名前。少し距離を置いて跡をついていき様子を伺うと、案の定「ずっと前から好きでした、付き合ってください…!」と告白されている。もし仮に名前が僕以外の誰かを選ぶとしても、僕は景以外認めない。まあ…景を選んだらそれはそれで一番嫌かもしれないんだけど。でも、景なら名前を大事にするって…今までのことを見てきてわかるから。だからつまり何が言いたいかというと…今名前に告白しているお前。お前なんぞ絶対にありえん許さん身の程を知れ…!!!

「あの…ごめんなさい」

そうだよな、よしよし…当然だ。こんなろくに話したこともない男と名前が付き合うわけ…

「私、他に好きな人がいるのでお付き合いはできません」

好きな人、だと…?いつのまにそんな奴ができたんだ…。まさか、僕…?いやいや、最近の名前の言動から変わった様子は感じられなかったし…てことは本当に景…!?それ以外の可能性もありえるが、とりあえず景の反応を探るべく、僕は急いで教室へと戻った。冷静を装いつつ、景に「名前に好きな人ができたらしい。何か知ってるか?」とラインを送りどんな反応をするか様子を伺うと、スマホを見た瞬間固まり、少ししてからゆっくり僕のほうを見た景の瞳孔は開いていた。どうやら相手は景でもなさそうだ。じゃあ一体誰なんだ…?気になる…気になる…気になりすぎて僕としたことがノートに容疑者リストを書き出しているうちに午後の授業が終わってしまった。


「降谷くん、部活行く前にちょっと話があるんだけど…」
「…ん?ああ…わかった」

他のクラスの女子生徒にそう声をかけられ、名前と景に部活へは先に行ってくれと伝えてその子についていくと「好きです」と告白された。どいつもこいつも…ほとんど会話をしたこともないのに僕のどこを好きになったというんだろう。別に興味もないけど。

「すまないが期待には応えられない」
「やっぱり、苗字さんのことが好きなの?」
「え…?」
「だっていつも一緒にいるし、苗字さんは幼馴染みのどっちかと付き合ってるんじゃないかってみんな噂してるから」

まあ、幼馴染みというのは昔から漫画でありがちな設定だしそう思われるのも仕方ない。特に僕と景の名前に対する厳戒態勢は普通の幼馴染みとはまた違うものがあるだろうし。勝手に噂をされていい気はしないが、僕自身にも非はあるからな。

「そういうのじゃないよ。名前はただの幼馴染みだから」

ただの幼馴染み、そんなたかが言葉一つを発しただけでなぜこんなにも胸が苦しくなるんだろう。ただの幼馴染みだなんて本当は思っていない。でも、名前に好きな男がいる以上誤解されないようにこれくらい言っておいたほうがいいのかもしれない。他の男なんて認めない、けど名前が僕のせいで悲しい思いをするのも嫌だ。

「はぁ…矛盾しまくってるな」

その子が去っていった後、ついそんな独り言が口からこぼれ落ちた。ダメだ、名前のことになるとつい冷静さを失ってしまう。大会も近いことだし部活に集中しなければ…。そう自分に言い聞かせいつも以上に練習に励んだ。勉強もスポーツも一番でなければ…中途半端じゃ意味がないんだ。名前の相手に相応しい男になるためには…ってまた僕は名前のことを…どうしたら考えずにすむんだ…。


部活が終わりスマホを見ると、「名前と寄るところがあるから先に帰るよ」と景からラインがきていた。はぁ…?寄るところってなんだ、僕と3人じゃダメなのか?いや、待て待て…景に限って抜け駆けなんて…もしかして何か僕へのサプライズ?いや、誕生日はまだ先だしそれはないな…。え、まさか名前の好きなやつってやっぱり景だったのか?あのときの景の驚きようは僕にバレたことに対してのリアクションだったということ…?言われてみれば名前はつい説教だったり意地悪をしてしまう僕より優しくて穏やかな景に懐いているような気も…全然する!しかもこんなときに限って金曜…どこに行ったのか何をしているのか何時に解散するのか気になる…!!!

「寄るところって?」
「ずるい」
「抜け駆けとは卑怯じゃないか」
「見損なったぞ景」
「僕も混ぜろ」
「遅くなる前に解散しろよ」
「お前ら付き合ってるのか?」

…と打っては消し打っては消しを繰り返し、かっこ悪いことはしたくないというプライドから自制心を取り戻し「わかった」とだけ返した。あぁあ…でも本当はすごく気になる!


月曜日、早々に景を拉致ると金曜日のことを問いただす。だが、それに対して景は「そんなに気になる?」「零が心配するようなことはしてないさ」「料理を教えてただけだよ」と躱すような答え方をする。心配するようなことはしてないと言いつつ家に連れ込んでるじゃないか。料理を教えるだけなら別に僕がいたって問題ないだろ…。

「あ、そういえば名前が週末の七夕祭りに今年も3人で行きたいってさ。零も行くだろ?」
「僕が行ってもいいのならね。本当は2人で行きたいんじゃないのか?」
「あれ、やっぱり拗ねてたんだ?俺はそうしたいところだけど、名前が3人でって言ってたからさ」

今しれっと俺はそうしたいって言ったよな、景のやつ。なんなんだ…金曜日のことといい急に名前への好意を前面に出してきて…僕だって本当なら名前と2人だけで行きたいんだが?

「2人してなーに話してんの?」

若干のピリついた空気を壊すかのように、何も知らない名前が能天気に会話に混ざってくる。

「零も行くってさ、七夕祭り」
「やった!楽しみだなぁ、今年も浴衣着てきてね」
「ああ…わかった」

子供の頃から毎年3人で行っていた7月7日に近所の神社で行われる七夕祭り。もし2人が本当に両思いだとしたら、3人で行くのは今年が最後になるかもしれない。今年だって、2人がいちゃついているのを見せつけられるのかと思うと行く気が失せてくる。まだそうだと決まったわけではないが、何色の浴衣を着るだの何が食べたいだのと楽しそうに話している2人を見ているとそんな気がしてならない。つい最近まで今まで通りだったのに、いつの間にこんな風になってしまったんだろう。

・・・

七夕祭り当日。夕方になり待ち合わせ場所である名前の家に着くと浴衣姿に髪をアップにまとめた名前が出迎える。うっ…可愛すぎる…今年は白地に紫か…すごくイイ。これからこんなに可愛い名前を人気の多いところに連れて行くのが自慢でもありもったいなくも感じる。

「どうかな…?」
「似合ってるよ…すごく」
「本当?嬉しい…!」

そんなの誰が見たって可愛いに決まってる。言わなくてもわかるだろって思うけど、僕からの言葉に嬉しそうに笑う名前を見ると僕も嬉しくなって、どうしようもなく愛おしくて、今すぐ抱きしめて独り占めしてしまいたくなる。

「零もすごく似合ってるよ、かっこいい」
「そうか?なら、いいんだけど…」

なんだかんだ言いながらあの後急いで浴衣を新調した甲斐があった。名前からの「かっこいい」に顔が緩みそうになるのを堪えどうにか平静を装っているとスマホが鳴った。

「もしもし、景?後どれくらいで来れる?こっちは名前と合流してるけど」
「すまない零、ちょっと体調が悪くて今日は行けそうにないんだ」
「え、大丈夫なのか?」
「ああ、そんな大袈裟なことじゃないけど人混みに行くのはちょっとね…」
「家に行こうか?」
「いや、大丈夫だよ。それに名前が楽しみにしてるんだろ?」
「ああ…まあ…」

僕のほうを見つめながら首を傾げる名前に微笑み、確かに行かないとは言えないなと思う。

「体調不良っていうと名前が大袈裟に心配しかねないから、僕のほうから上手いことラインで伝えておくよ」
「わかった」
「それじゃあ、名前のことよろしくね」
「ああ、任せろ」

まじか。まさかの景の体調不良により本当に名前と2人で行くことになってしまった。景のことが心配ではあるが、そこまでしんどそうではなかったし大丈夫だろう。

「景、なんて言ってた?」
「ああ…来られないって。名前にもライン送るってさ」
「え…?」

話をしているうちに早速名前のスマホが鳴り、景かららしき連絡がくる。

「景?」
「うん…」
「なんて言ってた?」
「ん…?な、何でもない…!残念だけど仕方ないね、今年は2人で行こっか!」

スマホを覗き込もうとすると慌てたように隠して誤魔化す名前。また2人して僕に隠し事か。もやもやするがせっかく名前を独り占めできるんだ、景の分まで楽しんでやる。


神社に着くと、すでにたくさんの人で賑わっていた。同じ学校のやつらも結構来ているようだ。

「零は何食べたい?私楽しみすぎて今日何も食べないで来たからお腹空いちゃった」
「そうだな…焼きそばも美味しそうだし、たこ焼きも…」
「ふふ、しょっぱいものばっか」
「どうせ名前は甘いものばっかり選ぶんだからちょうどいいだろ?」
「さすが幼馴染み、わかってるね」
「わかるよ、名前のことなら何でも」
「何でも〜?それはないよ、私にだって零の知らない秘密の1つや2つ…」
「へぇ、じゃあ教えてくれよ。幼馴染みだろ?」
「ひ、秘密だって言ったでしょ…!」
「ほら、無いんじゃないか」

そう揶揄う僕に名前は悔しそうにむっとする。子供の頃から同じようなやりとりをしてよく飽きないよな、なんて自分でも思うけど…こうしている時間がすごく好きなんだ。この先もずっと名前の隣でこうやって笑い合えていられたらどんなに幸せだろう。僕を好きになってくれたら嬉しいけど、高望みはしないからせめてこのまま名前が誰のものにもなりませんように。…なんて願ったところで、年に一度しか会えない織姫と彦星に贅沢すぎだと怒られそうなものだが。

そんなことを考えながら歩いていると、ふと隣にいたはずの名前がいないことに気付く。来た道を戻り探して回るもなかなか見つからず、不安になった僕は名前に電話をかけるも一向に出ない。もう一度かけようと人混みから少し離れたところに移動すると名前と名前をナンパしているであろう男2人組が目に入る。

「いいじゃん、俺らと遊ぼうよ」
「いえ、一緒に来てる人がいるので…」
「そんなやつ見あたらねぇけど?」
「ちょっとはぐれてしまって今電話するところです」
「じゃあ俺らが一緒に探してあげるよ、ほら行こう?」
「あっ…ちょっと…!」
「その必要はありませんので、彼女から離れてもらえますか?」

ぐぐぐぐっ…とその男の腕を捻りあげると「痛だだだっ!わかったって、わかったから離せよ!」と思いの外すんなり身をひいてくれたので助かった。さすがにこんな場所で、ましてや名前の前で暴力を振るうのは避けたいからな。

「大丈夫か?何もされてない…?」
「うん…零が来てくれて助かった」
「まったく…少し目を離すとこれだ」
「だって、焼きそば屋さんがあったから買おうと思ったら零がいなくなっちゃったんだもん!」
「…確かに少し考えごとをしていた僕が悪いな」
「…私も、勝手なことしてはぐれてごめん」
「…じゃあ、仕切り直そうか」

そう言って名前の手を握ると、名前は顔を赤く染めて頷く。たぶん…いや絶対僕も今同じ色の顔をしていると思うから、顔をそらして「こうすれば、もう迷子にならないだろ…」と言ったものの、なんだか言い訳がましい気がして余計に恥ずかしくなった。

「…あ、零スーパーボール掬い対決しよ!」
「いいのか?負けても怒るなよ」
「そっちこそ、そんなこと言えるの今のうちだからね」
「じゃあ小さいのは1点、大きいのは3点な。合計点が多いほうの勝ち」
「毎年恒例のルールね。おっけー」

学校では名前様とか呼ばれてるけど、中身は子供の頃から変わらない。いちいち子供みたいにむきになって僕と張り合ってこんな遊びにまで真剣で。みんなはこんな名前の姿知らないんだろうな。


「はい、僕の勝ち」
「絶対零のポイのほうが紙厚かったもん…」
「負け犬の遠吠えか、見苦しいぞ」
「うるさい、零の意地悪」

はいはい、と躱しながら食べたいものを順調に手に入れていくと、名前の視線の先に射的の店があることに気付く。

「何か取ってやろうか」
「え、いいの!?」

その膨れっ面を笑顔に変えられるのなら、お安い御用だよ。

「どれが欲しいんだ?」
「ちびかわのぬいぐるみ!」
「あー…あれくらい小さいのなら、余裕だな」

腕まくりをして狙いを定め景品の上部目掛けて引き金をひくと、パンッという音とともに一発で名前の欲しがっていたものが転がり落ちた。射的は昔から得意だが、一発でかっこよく決めたいから少しだけ緊張したな…。「兄ちゃんやるな!あんな可愛い彼女連れて、憎いねぇ」と店のおじさんに言われ名前を見ると近くにいた子供に「あの兄ちゃん姉ちゃんの彼氏ー?すっげぇ!」と騒がれ「えへへ、かっこいいでしょ〜?」と何やら楽しそうに話している。咄嗟におじさんに彼女じゃ…と言いかけたのを飲み込んで、「どうも」と笑顔を向けて景品を受け取った。

「ほら」と言って渡すとさっきのスーパーボールの件などすっかり忘れたかのように満面の笑みで受け取る名前。「ありがとう!零ってやっぱすごい!」とくっついてくる彼女に調子のいいやつめ…と思いつつ全然悪い気はしない。

「今年も短冊に願い事書くか?」

境内に飾られている大きな笹の葉に毎年3人で願い事を書くのも恒例となっている。今年もすでにたくさんの短冊が飾られていて、願いを叶える側も大変だなぁなんて思いながら一応聞いてみると、予想に反して名前は「今年はいいや」と言った。いつもは率先して書いているくせに、どうしたというんだ。そんなに腹が減っているのか…?

境内の裏にある石段に座って買ったものを一緒に食べる。屋台が出ている場所と違って誰も来ることのないこの場所も毎年恒例の穴場として使わせてもらっている。

「足、平気か?履き慣れてないから疲れただろ」
「大丈夫、楽しくて全然気にならなかった」
「そうか、それならいいんだけど」
「今年は晴れてるから、織姫様と彦星様会えてるかなぁ」
「ここからじゃ天の川見れないけど、きっと会えてるんじゃないか」
「好きな人に1年に1回しか会えないなんて寂しいよね…私なら耐えられないかも」
「そうだな、会えない年もあるわけだし」

夜空を見上げながらそんな話をしていると、そのまま会話が途切れて静かな時間が流れる。

「さっき、今年は短冊に願い事書かないって言ったでしょう?」
「ああ…なんでかちょっと気になってたんだけど」
「毎年同じ願い事書いてたんだけどなかなか叶わないから、自分の力で頑張るしかないのかなって思って…今年は頼るのやめたんだ」

確かに短冊に何を書いたかは、叶わなくなるといけないからお互い秘密ってことにしてたけど、そんなに叶えたい願いがあったのか。もしかして、好きなやつのことか…?そんな前からってことはやっぱり名前は景のことが…?そう思うと食べていたものが逆流してきそうなほどつらくて具合が悪くなりそうなんだが…。せめて今日が終わるまでは、その話はしてほしくなかったな。

「そ、そうか…」
「私、零のことが好きだよ。零が私のことをただの幼馴染みだって、思ってたとしても…私は零がずっと大好き」
「え…」

ちょっと待て。名前が僕を…?ずっと好きだった…?だってそんな素振り全然…

「じゃあ、この間言ってた好きな人っていうのは…」
「この間…?」
「あっ…いや…その…告白されてるところをたまたま見かけたんだよ…好きな人がいるからって断ってたの聞いちゃって…」
「え、そうだったんだ…?それ…零のこと…なんだけど…聞かれてたの恥ずかしい…!」

さっきまで泣きそうな顔をしていたくせに今度は恥ずかしそうに顔を手で覆って丸くなっている。

「でも君、最近やたら景と一緒にいたから僕はてっきり…!」
「私も、零が告白された日気になって景と一緒に聞いてたの。それで、私のことただの幼馴染みって言ってるの聞いてショックで、景に泣きついてたっていうか…勝手に聞いちゃってごめん…」
「なんだよ、それ…」

隣に座る名前をぎゅっと抱きしめると、腕の中の名前が「え、零…?」と戸惑っている。僕の今までの気苦労は何だったんだ…まあ、でも今はもうそんなことどうでもいいか。

「毎年短冊になんて願い事書いてたの?」
「零が、私を好きになってくれますようにって…」
「そっか…それなら、もうとっくに叶ってる」
「……え?」
「僕もずっと、名前が好きだったから」
「うそ…だって零は明美ちゃんのママが好きなんじゃ…」
「はぁ…いつの話だよ。僕が好きなのは君だ、名前が好き」
「ほんと?また冗談じゃない…?嬉しすぎて、信じるのが怖いよ…」
「じゃあ、こうしたら信じてくれる?」

腕の力を少し緩めて名前の目を見つめた後、名前の唇にキスをした。嬉しくて信じられないのは僕も一緒だ。幼馴染みという関係に甘えて心のどこかでいつか好きになってくれるんじゃないかとただ待っていた僕達に、気持ちを伝えることの大切さを織姫と彦星が教えてくれたのかもしれないな…

・・・

「景…まさか来なかったのはわざとか」
「どうやらうちのお姫様と上手くいったようだね」
「ああ、おかげさまで。今送ってきて自分の家に帰ってるところだ。名前の気持ち、知ってたなら教えてくれてもよかっただろう」
「自分の初恋の相手が同じ幼馴染みのことを好きで、弁当作りたいから料理教えてなんて頼まれたらちょっと妬けちゃってさ」
「名前が僕のために…?」
「大会のときに持っていくんだって。次の試合は負けられないな、零?」
「言われなくても負けないさ。ただ…なんていうか…すまない」
「いや、悪いけど俺は名前の味方だからな。もし零が名前を傷付けるようなことがあったら遠慮なくいかせてもらうよ」
「ふっ…なら残念だが諦めたほうがいい。そんなチャンスはもう来ない」
「冗談だよ。さっきも言っただろ?名前をよろしくってな」
「………景、君ってやつは…」