激レアバイトに応募してみた チョリス組編


大学の夏休み、彼氏もいない私はバイトでもしようかと求人サイトを見漁っていた。何か楽しそうな仕事はないかとスマホをスクロールしている私の目にとまったのは海の家の募集記事だった。毎年夏は友達と海に遊びに行っていて海の家のバイトに憧れはあったものの、倍率が高いことやそもそもコネがないと無理だろうなという思いから特に本気で探すこともしていなかった。それが何の気無しに見た普通の求人サイトに載っていたのだから驚いた。まあ、とはいえ倍率えぐいことには変わりないか…と一度は落ち着いてみたものの、その後それ以上に気になるバイト候補が現れずせっかく見つけたことだしダメ元で応募してみることにした。

・・・

「いらっしゃいませー」

そう、まさかまさかの展開で私はその高倍率の中から採用を勝ち取ったのである。「とにかく青春したいんです!!!」と面接時に悔いを残さぬよう熱弁したのだがその熱意を買われたらしい。就活みたいに真面目にいくよりフレンドリーな感じでいってみよう作戦が功を奏したようだ。採用通知きたときめちゃくちゃ嬉しかったなぁ…今年の夏はエブリデイリア充!イケメン彼氏ゲットほぼ確!ヒャッホー!…と浮かれていたのはつい1週間前までだっただろうか。夢と現実の差を思い知るのに3日もあればじゅうぶんといったところだった。

まず休憩がほとんど取れないくらい忙しい。もちろんいい人もいるが客層の治安も比較的悪め。そんなわけで疲弊しきっているのは私達従業員だけではなく備品達も一緒らしく頻繁に機械が故障する。そして待たせてしまうことによりお客さんにキレられる。やっぱ海は働く場所じゃなくて遊びにくる場所なのかも…趣味を仕事にしちゃいけないってよく言うし。とかなんとか内心ぼやきながらお店の入り口で受付け兼レジ係をしているとめっちゃパリピっぽいグラサン3人組が現れる。遠目で見てもイケメンオーラバチバチに出てるけど近くで見ると本物のイケメンだということが確認できる。

「「「チョリーッス!!!」」」

チョリッス?え?優◯菜?と混乱しながらもなかばやけくそで「いえーいチョリッスー!」とお兄さん達とハイタッチを交わす。

「オネーサンノリいいね、俺そういう子大好き」
「私もおにーさんみたいなイケメン大好きです」
「え、マジ?今日何時あがり?終わったらデートしようよ」
「おい萩、なーに自分だけ楽しもうとしてんだよ」
「陣平ちゃんと諸伏ちゃんもナンパしてこいよ。海まできて男だけってのも虚しすぎんだろ」
「俺は零と班長の様子を見にきただけだから」
「さっき冷やかしに行ったら班長は喜んでたけど零のやつ心底うざったそうなツラしてたよなぁ。あとでもっかい行こーぜ」
「あの…そろそろ注文いいでしょうか」

正直イケメン達が仲睦まじく戯れてる様子なんていくらでも見ていたいところだがこちとら忙しいのでそれどころではない。申し訳なさそうに話を割って注文を急かすと、店の奥から「名前、そのお兄さん達捕まえて!お代貰ってない!!」と叫ぶバイト仲間の声。咄嗟のことに「え!え!?」とパニックに陥っていると「どけっ!!!」と走って店を出ようとする無銭飲食男に突き飛ばされる。

「きゃっ!!」
「…っとぉ、大丈夫?オネーサン」
「あ、ありがとう…」

地面に倒れ込みそうになった私を抱きとめてくれたのはさっきナンパしてきたタレ目のイケメンさん。ここで働いてようやくときめきというものを感じれた気がした。

そして無銭飲食男の前に立ちはだかり見事な逮捕術で取り押さえているのは煙草を吸ってるイケメンさん。この動き…何者!?と動揺しながらもそのかっこよさに見惚れる。

もう1人の男を取り押さえ、すかさず警察に連絡を入れて状況説明をしているのは切れ長な目のイケメンさん。警察に知り合いがいるのか「零、仕事だよ」となぜか笑っていたのが気になる。

ものの数分で駆けつけたいかつい警察官とこれまた超絶イケメンの金髪警察官によって無銭飲食男2人は連行されていった。どうやらさっき電話で話していたゼロというのはこの金髪お兄さんのことだったらしい。切れ長のお兄さんだけじゃなく全員知り合いみたいだけどもしかして…

「俺らもこう見えて警官なんだよね。今日は非番だから完全プライベートなんだけど」
「やっぱり…!」

というか警察官がこんなチャラチャラナンパなんかしていいのか?いくらプライベートといえど不信感が募る。そんな私の後ろではまた注文を急かす客の声や機械が壊れたとパニックになる従業員の声が行き交っている。ああ、一難去ってまた一難…

「つーかやっぱ治安わりーな」
「全然店回ってねーし」
「ちょっと見てて可哀想だよね」
「気を遣わせてすみません…」

無銭飲食男逮捕に協力してもらったうえにあくまでお客さんな彼らに呆れられ申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、なぜか3人は目を合わせて口角をあげる。

「お前ら、やることはわかってんだろうな?」

タレ目お兄さんの言葉を合図に残りの2人も、

「日曜大工」
「料理」

と何やら勝手にやる気をみなぎらせている。

「え、あの…」
「困ってる人を助けんのがお巡りさんの仕事だからねぇ。報酬はそうだな…仕事終わりのオネーサンとの時間ってことで」
「お、お願いします…!」

店長に話すと泣いて喜んでいたのでご厚意に甘えてそのままお手伝いをお願いすることになった。彼らのおかげでバイトの士気もあがり、イケメンが働いていると聞きつけた女性客も増え、手際の良さから店の回転率も良くなって全てが良い方に変わっていった。

「オネーサン、かき氷2つ!イチゴとメロンね」
「はーい!…あれ、またかき氷機調子悪いな…すみませんちょーっと待っててくださいねぇ…」
「おい、どうした」
「あ、松田さん。ちょっとかき氷機が調子悪くて…さっきから応急処置してるんだけどまたすぐダメになっちゃっての繰り返しで…」
「ちょっと見せてみろ。あー…これくらいなら1ラウンド、3分もあれば完璧に直せるぜ。工具持ってこい」
「はい!」

なぜいちいちボクシングに例えたかは謎だが何だかすごく頼りになる人だ。言われた通りに工具を持っていくと迷いなく分解し1から組み直すと今までの倍くらいの速さで氷が削れるようになった。

「わり、待たせたな。ちょっと多めにしといたから勘弁してくれよ」
「ぜ、全然大丈夫です!」
「見てる間も楽しかったし!また来ます!」

女性客2人は松田さんからかき氷を受け取るときゃっきゃしながら大満足で去っていった。

「あ?なんだよ人のことジロジロ見て」
「松田さんて、何者…?」
「ちょっと手が器用なフツーの警察官だよ。まあ、また困ったことがあったらすぐ呼びな」
「へい、アニキ…!」

ドヤ顔で去っていくイカした背中を見てそう呼ばずにはいられなかった。


「おにーさん、注文いい?」
「はーい喜んでー!」
「焼きそばと焼き鳥の塩とビールとレモンサワーお願い」
「りょーかい。すぐ持ってくるからちょっと待っててな」
「うん。てかおにーさん彼女とかいる?今日終わったらうちらと飲もうよ」
「おっ、嬉しいねぇ。でも残念ながら今日は先約があるんだわ。またどこかで会ったら声かけて」

私が最初テンパりまくっていた注文取りも余裕だしあのコミュ力の高さ…萩原さん警察官より接客業のほうが向いてるんじゃ…?女性客にモテまくってるしホストもありだな…と様子を見ながら勝手に萩原さんの転職先を考えていると私の視線に気付いた萩原さんがこちらへ歩いてくる。

「どうしたの名前ちゃん。あ、俺が女の子と仲良く話してるの見てジェラっちゃった?」
「ジェラってないわ!」
「本当かなぁ?なんかすごい熱い視線送られてた気がするんだけど?」
「いや、ホストとか向いてそうだなって思って見てただけだし」
「ホストねぇ…でも俺こう見えて好きな子ができたらその子しか見えなくなっちゃうから向いてねーと思うぜ」
「ソウデスカ」
「おにーさーん、ちょっと来てー」
「はいはい只今伺いまーす」
「ご指名入りましたね」
「んじゃ、もうひと頑張りしてきますかー。名前ちゃんとのアフターっていう楽しみが待ってるからな」
「私は客じゃない!…って、行っちゃった」

なんだかんだ言いつつ、イケメン警官と一夏の恋か…悪くないかもしれない。なんて思ってしまっている自分がいる。あんな高身長女心ホイホイイケメンに本気になっちゃったら軽い火傷ではすまなそうってわかってるのに。



結局お店の閉店時間まで手伝ってくれた3人と従業員で店じまいしたお店の中で夕食を食べることになった。諸伏さんに至っては最後まで賄いを作ってくれるというサービスの良さ。イケメンの手料理…しかも今日まともに食事取ってなかったから五臓六腑に染み渡る…

「諸伏さん料理上手だね、めっちゃ美味しい!」
「本当?嬉しいな。こんな人数に振る舞う機会なんて滅多にないから張り切っちゃったよ」

か、かわいいかよおおおお…!!!!とその場にいた女子全員が諸伏さんの可愛さを料理とともに噛み締めたことは言うまでもない。こんな癒し系の警察官が日本にいたなんて、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと大学生ながらに思った。

お酒も進みみんながいい感じに酔っ払って騒がしくなってきた頃、萩原さんに「酔い覚ましに散歩付き合って」と手を引かれた。みんなはどんちゃん騒ぎで気付いていないようだ。

「あーあ、本当は名前ちゃんと2人っきりでデートの予定だったのになぁ」
「残念でしたー」

ちぇ、と子供のように拗ねる萩原さんと夜の海辺の波打ち際を並んで歩く。ちゃっかり手を繋いだままなのを突っ込むべきかこのままでいるべきか悩みどころだ。

「でも最近仕事ばっかだったから久々に充実した休日だったわ」
「私も3人と働けて、海にきてから今日が1番楽しかった」
「へぇ、嬉しいこと言ってくれんじゃん。そうやってずっと素直でいたらより可愛いんだけどなぁ?」
「もうっ…すぐ茶化す…!」

頭を撫でてくる萩原さんの手を払って照れた顔を見られないように下を見て歩くと、また性懲りも無く「かわいい」とか言ってくる。なんなんだこの男は…揶揄っているのか本当にそう思っているのかよくわからない。きっと他の女の人にも常日頃口癖のように言っているんだろうし…ってせっかく可愛いと言ってくれている男性に対して捻くれすぎているだろうか。やっぱり自分では可愛げがないと思うんだけど。萩原さんには私がどう見えているんだろう。

「名前ちゃんてどこ住んでんの?」
「杯戸町」
「え、マジ?俺米花なんだけど隣じゃん!」
「じゃあもしかしたら今までどっかで出会ってたかもしれないね」
「なんか今運命感じちゃったわ。名前ちゃん、連絡先交換しようよ」
「うん、いいよ」
「やった…!じゃあ今後何かあったときは俺を頼ってよ、すぐ助けに行くから」
「ありがとう。まあ、今日みたいなことはなかなかないと思うけど」
「もちろん、何もなくても連絡していいよ。てか、俺からしちゃう」
「あはは、チャラいなー」
「なあ、マジな話…いつかちゃんとデートしてくんない?絶対退屈はさせねーから」

やっぱりこの人は女心をよくわかっている。普段は女好きの優男って感じなのにいざっていうときは真剣な顔できめてくるんだから。足を止めて真っ直ぐ私を見つめてくる萩原さんの瞳に少し苦しく感じるほど心臓が波打っている。

「まあ、さすがに散歩するだけじゃ今日のお礼にはならないし…いいけど」

またしてもそんな答え方しかできない私に対して萩原さんは少年のように無邪気に喜ぶ。可愛いのはどっちだか…と笑みをこぼしながら最高に青春っぽい時間を過ごしたのであった。