Low-Q


赤しか見えない


 血の混じった唾を地面に吐き捨てた。
 舌先で歯列をなぞると案の定、奥歯の根本が少し浮いている。
 しかし痛みは感じていない。酷く興奮しているせいだろうか。
 彼奴の拳も微かに赤く腫れているのが伺える。
 強い視線が心底煩わしい。
 一度大きく息を吸い込み、吐くより前に振り上げた拳で彼奴の頬を殴り返した。
 ついでに傾いた頭を膝で蹴り上げると、咄嗟に伸ばされた手によって襟を掴まれ、そのまま体重に任せて地面に引きずり倒された。
 背中を強く打ち付けた衝撃から立ち直るよりも早く、彼奴がオレの体に馬乗りになってくる。
 身構えることはしなかったが、すぐにまた拳が落ちてくるだろうと思った。
 しかし、覚えのある感触はなかなか訪れず、ただ荒い呼吸の音が交差している。


「っとに……」

 彼奴が噛み締めた歯の隙間から絞り出すような声を出す。

「オレはてめーが、大嫌いだ……っ」

 そりゃこっちのセリフだと思ったが、乾いた喉が張り付いて何も言う気になれなかった。
 それより、いつまでオレの上に乗っているつもりだ。
 もう一発殴って退かそうと右手に力を込めると、いきなり視界が一変した。
 そこから数十秒、獰猛な赤がオレの思考全てを目隠しする。
 それは多分、どんな暴力よりも強いダメージで。

 鉄錆の味が、した。



( End )





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