Low-Q


ふたりはなかよし


 春休みの真っ只中、湘北高校バスケットボール部は4月下旬から予選が開始される県大会に向けて朝から晩まで練習に励んでいる。
 過酷な反復をひたすらに繰り返す変化に乏しい生活は、多くの部員から日付感覚を奪いがちだった。

「今、なんと…?」
「誕生日おめでとうって」
「……それもあれだが、そのあとだ」

 4月1日の今日が桜木花道の誕生日だと知っている部員が何人いるのかは不明だが、多忙な練習スケジュールをこなしている現状では何の期待もしていなかった。
 そもそも自分だって他の部員の誕生日を祝った記憶がない。

「だから、好きだっつってる」
「…………」

 全体練習後も体育館に自主的に最後まで残るのは大抵が花道と流川で、二人きりでいる時間は思いの外ある。
 けれど、友好的な会話は皆無といってもよく、無言か口を開けば小競り合いが始まるといったお決まりのパターンは出会って一年近く経つ今も同じはずだった。
 そろそろ切り上げようと体育用具室にボールを運ぼうとした花道の背中に、とんでもないパスがぶつけられた。

(あのルカワが俺を好き……?)

 当然、花道は激しく動揺した。
 嘘だろ、と脳内で喚き、はたと気付く。

 自分の誕生日の今日は、嘘をついても良いという風習があることに。

 告白を受けて紅潮していた顔に、ざっと翳りが落ちる。
 それとは対象的に、流川は一貫して無表情のままだった。
 しかし花道の目には悪事を働き舌を出してほくそ笑むキツネの姿が見えるようだった。
 らしくもない誕生日への言葉もエイプリルフールをほのめかしているに違いない。
 ──好きだなんて、真っ赤な嘘をつきやがって。
 眼球の奥に火が点いた。

「……そりゃあ嬉しいなぁ……俺も、てめぇが大好きだぜぇ、ルカワよぉ……」

 獣の唸り声のように低い声色で言葉を絞り出す花道のこめかみに青筋が浮く。
 同時に、うっすらと涙が滲み出る気配があり、屈辱の二文字が血流に乗って全身に広がっていく。
 怒りに落胆の色が混じっていることには気付いていた。
 一瞬でも喜んだ自分の間抜けさを呪う。
 握った拳が止ようもなく震え、衝動に任せて流川の顔面に向かおうとする。

「言っとくが」

 拳を振り上げた花道を見据えたまま、流川が淡々と告げた。

「嘘じゃねーからな」

 踏み出した脚と拳がピタリと停止した。

 子供の頃から、四月馬鹿という呼称や学年内で最も年下ということをネタに、からかわれて不愉快になった記憶がいくつも残っている。
 だから、花道は必要に迫られない限りは誕生日を自ら他人に教えることはなかった。
 同時に祝福される機会も年々なくなっていたが、嘘をついてもいいという状況下でオメデトウと祝われても嬉しくねーしなんて強がったりもした。

「──オレも言っとくが、エイプリルフールは午前中までに人を楽しませる嘘をついても良いって日だ。とっくに日も暮れてる時間に人をムカつかせる嘘は冗談でも許されねーからな」

「知るか。オレのは嘘じゃねーから関係ねーし」

 オレのは?
 そう言われて花道は、自分が売り言葉に買い言葉とばかりに放ったセリフを思い出し、躊躇いがちに構えていた両腕を下ろした。

 言外に嘘という態を繕ったが、自分の告白こそ本当は嘘じゃない。

 猜疑心は薄れつつあったが、期待して地に叩き落されたくないという怯えが素直になることを拒んでいる。

「信じねーなら、いい」
「!!」

 見限るようにそう言って背を向けて歩き出す流川。
 花道は大いに慌て、咄嗟に流川の手首を掴んで引き止めた。

「……あんだよ」

 首だけで振り返った流川の顔は、やはり感情が乏しい。

(そうだ、コイツはいっつも無表情で無愛想で無口で無神経で、ノリも悪いしユーモアの欠片もねー野郎だ)

 およそ惚れている人間に対するものとは思えない評価を下しながら、花道は考えを改める。

(エイプリルフールに人を騙して面白がるような性格の男じゃねーよな)

 そうは思いつつ、この期に及んで素直に認めると言えない自分が我ながら煩わしい。

「──確かめさせろ」
「は?」

 花道は何かに追い詰められたような血走り眼でそう言って、怪訝な声を出す流川を見たまま、親指を自分の後方に向けた。
 意味が分からずクエスチョンマークを飛ばす流川の腕が引っ張られ、今度は花道が背を向けて歩き出す。
 体育用具室の前に辿り着くと花道は不審者のように辺りを見回し、扉を開けて流川を押し込むと自分も素早く室内に入っていく。

「おい。何の真似だ、どあほう」
「お前も、た、確かめて良いからよ」

 成立していない会話と共に、扉が閉まった。



( End )





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