アンテナ
「ぐおっ」
「!」
体へ衝撃を感じるのと同時に聞こえた、誰かの呻き声。
何だ? オレは何をしていたんだったか。
えっと、確か今は……
登校中じゃねーか。
疑問と答えが一瞬の内に頭の中を駆け巡り、ハッとして瞼を開いた。
「お、っと……」
正門から校内に進入してすぐ、オレは危うくチャリごとコケにそうになっていたが、反射的に地面へ下ろした足やハンドルを握る手に力を込めて何とかギリギリで持ち堪えた。
斜めに傾いた体を戻して顔を上げる。
目の前にあったのは、見慣れた赤い髪の男の後ろ姿。
尻を手で押さえて前屈みになっている様子を見て、先程の衝撃と声を思い出す。
どうやら、オレはまた居眠り運転をしてコイツに衝突したらしい。
「てめー、ルカワァッ! 狙いすましたかのようにぶつけてきやがって、ケツが割れたらどうしてくれんだコラァッ!!」
振り向きざまそう怒鳴った桜木は、オレを見るなり何かに気付いたように目を真ん丸にして固まったかと思ったら、突然、大口を開けて笑い出した。
「……ぶわっはっはっ!! おい、てめーは鏡とか見ねーのか!?」
何だ? オレの顔に何かついているンだろうか?
「寝グセがすげーぞ! プププッ」
「ああ……」
そんなことかよ。
一応知ってはいたが、直す時間がなかったしあまり気にもならない。
だからオレは、桜木に指摘されても生返事を返すだけでハンドルからも手を離さずにいた。
「少しは身出しなみに気をつかいなさい」
白い歯を覗かせながら、桜木のどあほうは母親のようなセリフを得意気に吐いてくる。
そして、不意に右手を伸ばして、跳ねているオレの髪の毛を押さえ付けるように撫で始めた。
オレはまだ寝惚けていたのかその手を振り払うことも忘れ、されるがままになってしまっている。笑みを浮かべる口許だけをじっと見つめて。
「オイオイ、おめーら朝っぱらから恥ずかしいことしてんじゃねーよ」
「はぁ〜、オレも頭をナデナデして貰いたいなぁ。アヤちゃんに!」
三井先輩と宮城先輩の二人がオレ達を茶化しながら、立ち止まることもなく通り過ぎて行った。
「……フ、フンッ!」
すると桜木は一気に首まで真っ赤になり、鼻息を荒くしながら両手でオレの髪をグシャグシャと掻き乱し始めやがった。イテェよ、この馬鹿力め。
「おい……ヤメロ、どあほう」
「フンフンフンフンフンフンッ!」
武骨な指と、その隙間を通る自分の髪の質感。
そんなどうでもいいコトでさえ、オレは暫く記憶に留めてしまうんだろう。たぶん。
( End )