きっとそれは、

 ソイツを見た時に思ったことは一体何だったか。ソイツがあまりによく居るやつだったから、何を思ったかなんて一々覚えちゃいない。ただ、ほんの少し他の奴らとは違う面が見えてから時折目がいくようになったのだ────

 みょうじ なまえ。
 初対面の奴でも話しかけられたらきょどったりすることなく笑顔で応対し、波風立てずに去っていく。常に一緒に行動するような奴は作らないが、目が合えば挨拶し合えるような仲は作る。俗に言う陰キャ、とはかけ離れていた。かといってエースのようにどこに行っても知り合いに絡まれるというようなコミニュケーション能力というわけではなく、あいつの引く“一線”はあまりに顕著すぎて、誰にでもわかるようなものだった。

 容姿は普通、より可愛いと言える。女からしたら誰でも可愛いと褒められるような、けれど男からしたら誰でも褒められるわけでもない、例えば少しでも男関係で同性仲間とヒビでも入れば、恐らく皆が手のひらを返して「ブスのくせに」や「ちょっと可愛いからって調子乗ってるよな」なんて言われるような、関係が良好のうちは皆から可愛いねとチヤホヤされるだろうが、悪くなれば途端に悪口を言われるような程度。
 化粧はいつもしっかり。服装は少し露出の多いものを好んで着る傾向にある。容姿だけで言えば大人数の女子グループの真ん中で猿のように笑っていそうな女だ。

 そしてそんな女は評判がいい。ブスでは決してないが、高嶺の花のように美人なわけでもない。特筆すべき点もない男からしたら隣に並んで歩くには十分すぎる女。
 たしか、同じ大学内での飲み会でおれの斜め前に座っていた。その容姿を視界に入れてから、おれの経験談が面倒くさそうな女だな、と思ったのだ。

「や〜〜自己紹介のトップバッターに女の子使う!? でもいいや、初めましてなまえです。夏帆に無理やり連れてこられたので、今日はめいいっぱい食べてやろうと思います!」

 とはいえ、ハキハキしゃべるのだな、と意外に思ったことは覚えている。「めいいっぱい食べる」と言うわりに、体型はあまりに華奢だったが。
 男漁りに夢中になる連れを傍目に、たしかそいつは、わかりやすくサラダを男に取り分けてやるでもなく、ただ自然にテーブル各所に散らばったゴミを横に纏めていたり、皆が酔い潰れた時には介抱に勤しんでいた。
 ──── ああ、そこからか。目がいくようになったのは。

 同じ大学ともあり意識的に見ればそいつは結構な頻度で見つけられた。同じ講義を取ることも多かったからというのもあるだろうが。
 あの合コンを経てから男と知り合うようになったのか、時折話しかけられており、そのたびに仲良さげに笑い合いながらじゃれついたりしているのに、そんな仲良い男を登校中、あるいは昼休みに見かけたとしても自ら話しかけに行くことは決してなく、一瞥してからむしろ見つけてないように振る舞うのだ。

 何度無視されたように横を歩いて行かれたか覚えていない、と友達がボヤいていた。その友達はたしか「けど話しかけたら驚くんだぜ。本当に気付いてなかったんだろうな、そこも可愛い」ともほざいていた。

 それを聞いた当初は周りを見ていない女なのだと思ったが、そのわりには自分と一緒の講義を知り合いのうち誰が取っているのかも把握しているし、前に一度、心理学の講師が薬指に付けていた指輪を見て酷く落ち込んでいた俺の友人に、「あの先生の指輪、見る度に少しデザイン違うから、婚約指輪ではないと思うよ」なんて慰めたり。
 珍しく女友達三人で並んで廊下を歩いていた時なんざ、後ろから歩いてくる講師の通行の妨げになっていることに気付いて、唯一なまえだけが通らせてやっていたり。
 普段は知り合いを見つけられないくせに、なにか用があって探す時は誰よりも早く見つける。後ろ姿でも、声でも。とても周りが見えていない女の振る舞う行動ではないだろう。

 そんななまえを見ているうちに、ああ、この女は人嫌いなのだと理解した。エースのように皆友達なのだと、その思考からくる故の八方美人ではなく、嫌い故の八方美人。そう気付いた時には口角が上がった。
 あの、笑っていながらも決して笑っていない目に、おれという存在を認識させることができたら?
 話しかけられることはあっても自分からは決してしないあいつから話しかけられたら? 
 あいつから、挨拶をされたら? ──── それは、なんと愉悦だろう。

 あいつの事を好きかもしれない、なんてボヤいていた連れに対抗心もあったかもしれない。


「なまえ、はよ。今日眠そうだねィ」
「あ、マルコくん。おはよう。昨日ちょっと夜更かししちゃって」

 ──── 嗚呼、その仮面を今すぐ剥がしてやりてェな