drop a bomb


「やぁ千夜、よく来たね。大遅刻してきた日和くんもお待ちかねだよ」

生徒会長の椅子に鎮座し、ひらひらと片手を振ってくる英智。そして役員の席には、優雅にキッシュケーキと紅茶を嗜む王侯貴族もかくやの美青年が。

久しぶり、と声をかけようと思ったけれど、それより早く日和がこちらを見て声をあげた。

「わぁ、千夜ちゃんだね! ずいぶんと久しぶりな気がするね!」
「うん、ほんとにね。日和、久しぶり」
「そんなに長い時間でもないと思うけどね。なにせ、改革が終わってから季節は二度程度しか変わっていないから」
「うわぁ、英智くんったら暗い過去の話をするつもりかい? やめてほしいね、キッシュケーキがマズくなっちゃうね!」

日和はあからさまに嫌そうな顔をして首を振った。どうも同じ『fine』でも、日和はあまり改革に乗り気ではなかったらしい。今もこうして、話題に出すと嫌がるくらいだ。

でも、確かに私と日和と英智、という面子を集めたあたり、する話題といったら改革のころの話になりそうだけれど……なんて考えていた、その時だった。

きゅるる……と、私のお腹から物凄い空気の読めない音がした。

「――もしかして千夜、まだお昼食べてなかったのかい?」
「そ、そうだよ! 英智が呼びつけるから!」
「それは悪いことをしたね? っふふふ……」
「わーらーうーなー!」
「それはすまなかったね。うん、ちょうど日和くんがお土産に買ってきてくれたケーキがあるし、三人で優雅にティータイムとしゃれこもうか」
「英智くん英智くん、紅茶のお代わりがほしいね! 千夜ちゃんは茶葉は何が好きなのかな!」
「わたしは……アップルティーとか?」
「ふうん、悪くないね! という訳で英智くん、さっそくダージリンティーとアップルティーを淹れてほしいね!」
「はいはい、君たちの言う通りに淹れてあげるよ」



「で、日和くんはダージリンを飲みながら、千夜は腹ごしらえしながら聞いてくれればいいんだけれど」

妙に意地悪い言葉選びをして、英智は前置きをした。むぅ、と頬を膨らませて遺憾の意を示したけれど、彼はにこやかに微笑むだけだった。

「単刀直入に言うよ。千夜、君は『Eve』のプロデュースをしなさい」
「え? でも、『Trickstar』はそもそもプロデューサーがついてないよね? そっちはいいの?」
「今回は、いわゆる試練の時だよ。だから――『Trickstar』にも転校生ちゃんにも、何も助言はしてあげない。自らが千尋の谷に突き落とされたことに気づくまで、君や僕は谷底に爆弾を次々落としてあげるのが役目だ」
「えーっと、つまり……『Trickstar』じゃなくて『Eve』の味方になれってこと?」
「理解が早くて助かるよ」

うん、まぁ英智の言葉運びを理解するのは早い方だとは思うけど。
それにしたって――突然かつ剣呑だ。

「【SS】まで半年を切っているしね。これから彼らには色んな校外のユニットと対戦してもらうけれど、まずは【DDD】で勝って浮かれ気分の勇者に冷や水を浴びせるところから、話は始まる」

冷や水を浴びせられた英智らしい発言ではあるが。いや、そう言われてみれば『プロデュース科』としても思い当たる節がある。

「あー……そういや最近、転校生ちゃんは妙に『Trickstar』と距離を置いてる気が……?」
「ああ、それも問題だね。自己評価が低いというのは、美徳と思われがちだけれど……実際その評価に則って、自分には力がないからと遠慮して動かなくなってしまったら、本当に低い位置で頭打ちになってしまう。本当の意味での木偶になってしまう」
「でも、転校生ちゃんは人形じゃないからね。私たちが動けって命令して動かすなんてもってのほかで……なるほど。だから、焚きつける為に『Trickstar』を危険にさらせってこと?」
「そうそう。日和くんも、協力してくれるみたいだからね」

英智の言葉に、日和は興味なさげにうなずいた。

「協力もなにも、普段通りにしてればいいだけだね。千夜ちゃんを使って良いって聞いたから、ちょっと派手にやりたいとは思うけど」
「ぜひ千夜を有効活用してね。半端に慈悲のある結果だと、嫌われ損だよ」
「おーい御曹司さんたち? 私の決定権は何処に行っちゃったのー?」

まったく、支配階級にふさわしい傍若無人っぷりだよ!

「あはは、わざわざ確認するなんて酸素の無駄だね! だって千夜ちゃん、断らないよね!」
「相変わらず日和のその自信はどこから……まぁ、うん。断らないけどさ」

『Trickstar』に喝を入れる、みたいな意味合いの提案なのはわかるし。

それに今回『Trickstar』のプロデュースは生徒会と教師がやるって話になっている。そこに首を突っ込もうとしないなら、転校生ちゃんにも『Trickstar』の負け戦を見せつける、残酷な実力行使で喝を入れるしかないんだろう。……うわぁ、嫌だ。

「ふふ、すごく嫌そうな顔をしてるね」
「そりゃ嫌だよ……うわー、でもそうだよね……これが先輩の役目でもあるのかな……」
「そういうこと。褒めて伸ばすだけで伸び切るならいいけどね、人間はそんなに謙虚な構造ではできていない。油断すればすぐに慢心に食いつぶされる。それに、そういう油断しきった相手を殺すのは、僕より千夜の方がうまいよね?」
「うんうん、それを僕と千夜ちゃんの前で言うあたり、相変わらず素敵な性格をしているね、英智くん!」
「それはどうも。……とにかく、僕は基本的に油断しきったひとを相手にするのは慣れてないんだよね。『Valkyrie』とのあの一件以降、どうしたって『fine』は酷く警戒されていたから」
「千夜ちゃん、諦めるといいね! 餅は餅屋、ってやつだね!」
「人を闇討ち暗殺お手の物みたいに言うのはやめてほしい!」

そんなに酷いことはしたことないからね! 基本的に一年前は、レオが元『チェス』とかの腐敗したユニットと戦ってたから、必然的に『油断している人』の扱いには慣れているだけだ。

……まぁ、百歩譲って良い見方をすれば、単に戦略とか、戦況を読むのがうまいとか、そういう風に捉えられるかな。うん、精神衛生上、そう受け取ることにしよう。

「どんな『他人』にも優しい君が嫌がる気持ちも分かる。けれどどうか、協力してほしいな――これは【SS】に向けて、必要な布石だ」

改めて、というように英智がこちらをじっと見据える。

……うん。
私も、良い顔だけしているのはやめよう。『他人』行儀にしていて、『Trickstar』が【SS】で勝てるようになる訳ではないのだから。

「……分かった。『Eve』が魅力的に見えるように、良い環境を整えたり駒の置き方を考えたりするよ」
「ありがとう。日和くんも、千夜の言うことはなるべく聞くようにしなさい……きっと、悪くはならないから」

そう言うと、日和は英智に向かって静かに微笑んだ。

「――言われなくても分かってるよ。他所の子だからって容赦はしないね! 千夜ちゃんに存分に戦地を観て貰って、一番いい高度で僕らの――『Eve』の実力という爆弾を落とす……それくらいなら、やってあげてもいいと思えるね!」

どうやら、やるべきことは決まったらしい。
――千尋の谷に爆弾を。突き落とすだけじゃ、【SS】では太刀打ちできないらしいから。