――某国・首都×××。
そこには、英国のMI6と並ぶとされる有名な諜報機関が存在した。

――曰く。
その諜報機関の中には、多岐にわたる役職が存在しており。
中でも花形は、【Thief】という役職。仕事内容は一つ。

【上流階級、政府内、あるいは国家間で不当に取引されたあらゆる金品、情報を没収する】

その役割はどうにも人気が高く、まるで物語に出る怪盗のような名声を組織で得られるのだ。最も【Thief】はチーム制なので、いくつものチームが存在しているが……。

やはり、もっとも名声高いのは『Knights』だろう。メンバーの全員が超のつく凄腕隊員。それに加えて、彼らは見目麗しく。まさに誰もが一度は想像する理想の『怪盗』だった。

そして、そんな彼らの上司は、珍しくも女性であった。
月永名前。それが、彼らの上司――女王の名であった。

*

「――以上が今回、『Knights』の奪還した金品です。また、月永レオの単独任務も終了、奪還した金品はそちらです」
「ふむ、よくやってくれた。……のだが」

上層部のお偉い方の一人が、困惑したような顔で名前を見てきた。正確に言うと、『レオを見て困惑し、どうにかしろと名前を見た』ではあるが。

仕方なく、ため息をついて振り返る。するとそこには、部屋の壁にカラーペンを走らせ、お玉杓子を……いや、音符を書いている美青年が一人。数か月の単独任務のせいか、橙色の髪は少し伸びていた。ゆらゆらと揺れる結んだ髪は、獅子の尻尾のようだ。

「レオ」
「あ〜、いま話しかけないで! おれが盗んだサファイアの、静かな美しさを表してる最中なんだっ! その美の名前は憂鬱、屈託――!」
「レオ、お偉い方の部屋だから」
「ああ!? カーテンが邪魔だっ、おれの作曲の邪魔をするな! がるるるるっ」
「はは、ほんとにライオンみたいだね……」

やけくそ気味に名前が言い放ち、くるりとお偉い方の方に向き直る。彼もため息をついて、首を横に振った。

「……すまないが、月永くん」
「はい」
「なんだ!?」

二人の男女が同時に返事をした。お偉い方はひらひらと手を横に振った。

「ああ。……奥方の方だ」
「なんでしょう?」
「君の旦那はアレかね。まだヤクが抜けていないのかね」

あまりの変人ぶりに、えらい人からヤク中扱いを受けているレオだった。レオはそれもあんまり気にしていないようだが、律義に振り返って指を振った。

「ちがうぞっ! これはナチュラルハイだ! 死ぬかもしれない任務から戻ってこれた高揚感! サイコーに気分がいいぞっ、ミスター・砂川!」
「砂山だよ、旦那さん」
「ああ、悪いな砂山! おれは覚えなくていいことは覚えないんだ! どうだ、おれの帰還を祝拝してクッキーでも食うか?」
「結構だ」
「あっそう? そりゃ残念だな、わはははは☆」

そう言うと、レオはポケットからチョコレートの包みを取り出した。糖分補給して、続きを書かなきゃ〜♪ とかなんとか言っている。

「本当に、なぜ名前くんはこれほど賢いのに、この旦那を選んだんだ……? 世界七不思議に入れてもいいくらいに不思議だな」

それは当然だ。別にレオと名前は結婚していない。

ただ、名前は自分の名字には不都合があるので、幼馴染のレオの名字を使わせてもらっているだけ。もちろん、自身の個人情報の改ざんもばっちりだ。『UNDEAD』の上司・朔間零が、そういう非合法な手段を得意としているので、彼に依頼したのだ。

「あはは……結婚はともかく、部下としては申し分ないでしょう?」
「それはそうだな――うむ。相変わらず『Knights』の成績はどの部隊も寄せ付けないほどだ」

彼の背後にあるディスプレイに、多数の棒グラフが出てきた。そこには様々な諜報チームの名前が挙がっている。その中でも、頭一つと言わず五つは突き抜けている、紺色の棒グラフ。

それこそが、名前の仲間――『Knights』だった。

「しかも信じられないことに、成績の三分の一は月永レオによる功績。天才ほど扱いづらいものはないというのは、本当だったな……」

本日何度目かのため息を、初老の男性は吐き出す。
窓の外には、美しいネオンの海が広がっている。その輝きは、一瞬だけ彼の心痛と胃痛を慰めてくれた気がした。